「変貌する少女。呪われた館の謎。可憐な『百合』から、妖美な『薔薇』へ」――。
恩田陸さんの「理瀬」シリーズファンは、この時をどれほど待ちわびていたことだろう。17年ぶりとなるシリーズ最新作『薔薇のなかの蛇』(講談社)が5月26日に刊行された。
「理瀬」シリーズとは、全寮制の学園に転入してきた少女・水野理瀬が不可思議な事件の謎を解いていく一連の作品。理瀬が最初に登場したのは『三月は深き紅の淵を』(1997年)。そこから『麦の海に沈む果実』(2000年)、『黒と茶の幻想』(2001年)、『黄昏の百合の骨』(2004年)へとつながる。
前作『黄昏の百合の骨』の舞台は、長崎にある百合の匂いに包まれた洋館だった。本作ではイギリス・ソールズベリーにある薔薇をかたどった屋敷を舞台に、理瀬の新たな物語が展開していく。
「ちょっと時間が掛かってしまいましたが、理瀬がますます強く美しくなって戻ってきましたので、会ってみてください。――恩田陸」
往年のファンは、「理瀬」の成長ぶりを目にするのが楽しみだろう。一方で「理瀬」シリーズが初めての人も、純粋にミステリーとして楽しめる。本作から入って、シリーズ1作目に遡るのもいい。
■目次
「序章」「第1章 ミッドナイト」「第2章 ブラックローズ」「第3章 スキャンダル」「第4章 アクシデント」「第5章 バードウォッチャー」「第6章 ミッシング」「第7章 イリュージョン」「第8章 シークレット」「第9章 プレイハウス」「第10章 ストレンジャー」「終章」
ソールズベリーと言えば、世界遺産のストーン・ヘンジ。近隣の農村エイヴベリーの環状列石。ケルトの遺産。古代文明のロマン溢れる地。恩田さんは、以前この地を訪れた時に見た風景が印象的で「小説に使ってみたい」と思っていたという。
前置きが長くなってしまったが、「序章」から紹介していこう。
この村は遺跡の中にあり、霧の中を進んでいくと、小高い丘が見えてくる。丘の上には「天に供物を捧げる、どっしりとした祭壇」のような巨石が横たわり、その上には何かがある――。
「首と両手首を切り取られ、胴体のところでまっぷたつに切断された人間が、村を覆い尽くす霧に捧げられた十月の午後。それがすべての始まりであった」
舞台は、「祭壇殺人事件」の現場からほど近い「ブラックローズハウス」へと移る。
ここは国家の経済や政治に大きな影響力を持つ貴族・レミントン家の屋敷。もともと北、東、西、羊、魚の5つの館があり、上から見ると花弁のようになっていた。しかし、20世紀初頭に西の館が原因不明の火災で焼失。現在、焼け跡は池に造り替えられている。
理瀬は「リセ・ミズノ」として登場する。現在、ケンブリッジに留学中で図像学を研究している。友人のアリスから「ブラックローズハウス」で開かれるパーティに招かれ、美貌の長兄・アーサー、闊達な次兄・デイヴら、レミントン家の人々と交流を深めていく。
このパーティで、屋敷の主であるオズワルドが一族に伝わる秘宝を披露するのでは、とまことしやかに招待客の間で囁かれる中、悲劇は起きた。
あの「祭壇殺人事件」をなぞらえたかのごとく、まっぷたつに切られた人間の胴体が屋敷の敷地内で見つかったのだ。
「人間だったもの。かつて生きて、動いていたもの。それが、ただのかたまりになって置かれていた。誰かが置いたのだ。(中略)まだ近くに犯人がいるかもしれない」
じつはこの1週間前、オズワルドに脅迫状が届いていた。
オズワルド・レミントンとその一族へ
これまで幸甚にも生き延びてきた者どもよ。(中略)おまえたち呪われた一族は、おのれの血ぬられた歴史から報復を受ける時が来たのだ。おまえたちの黒い薔薇の館は、万聖節の朝、西の館の亡霊と共に暗い池に沈むだろう。
聖なる魚
一連の事件は同一犯による犯行か。殺されたのは誰か。聖なる魚とは――。ゾクゾクした雰囲気の中にも笑えるポイントがあり、そのギャップがいい。
てっきりリセが語り手かと思ったが、本作はアーサーの視点から語られる点にもふれておこう。
アーサーは「落ち付いた物腰、優雅な気品、神秘的なみずみずしさ、そして何よりも瞳には深い洞察力を湛えている」と、リセを最大級に評価する一方、怪しい人物としてもリセに目を付けている。
「たぶん、俺は気配を感じているのだ――この娘の中に、『敵』の気配を。(中略)いったい誰の、何の『敵』なのかも見当がつかない。だが、思い浮かべてみると、その単語はしっくりときた」
この「しっくり」は当たっているのか。アーサーとリセの関係も、本作の読みどころの1つとなっている。
「正統派ゴシック・ミステリの到達点!」と謳われる本作。ぜひ、あちこちにアンテナを張りつつ堪能してほしい。
■恩田陸さんプロフィール
1992年、日本ファンタジーノベル大賞の最終候補作となった『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞、本屋大賞、06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞、07年『中庭の出来事』で山本周五郎賞をそれぞれ受賞した。17年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木賞、第14回本屋大賞を受賞。
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