「息子を殺したのは、『私』ですか?」――。
石橋ユウ。同じ名前の息子をもつ3人の母親たち。子育ては大変なこともあるけれど、わが子を心から愛している幸せな家庭のはずだった――。
人間ドラマの名手・瀬々敬久監督による映画「明日の食卓」が5月28日に公開された。母親役を演じるのは、菅野美穂さん、高畑充希さん、尾野真千子さん。子を持つ親なら誰もが直面する社会問題を突きつける注目の作品だ。
原作は、椰月美智子(やづき みちこ)さんの著書『明日の食卓』(株式会社KADOKAWA)。2016年に単行本として刊行され、19年に文庫化された。
些細なことがきっかけで、幸せだった生活が少しずつ崩れていく。無意識に子に向けてしまう苛立ちと暴力。どこにでもある家庭の光と闇を描いた衝撃作。
8歳の息子・"ユウ"を育てる、環境も年齢も異なる3人の母親たちが登場する。
■石橋あすみ......36歳。静岡在住の専業主婦。夫は東京に勤務するサラリーマン。息子・優8歳。
■石橋留美子......43歳。神奈川在住のフリーライター。夫はフリーカメラマン。息子・悠宇8歳、巧巳6歳。
■石橋加奈......30歳。大阪在住のシングルマザー。離婚してアルバイトを掛け持ちする毎日。息子・勇8歳。
3人それぞれが忙しくも幸せな日々を送っていた。叱ったり笑ったり可愛がったり......ごく普通の、平和な日常だった。ところが後半、「どこかの石橋家」で虐待事件が起こる。愛するわが子に手を上げた「私」とは――。
株式会社KADOKAWA公式サイトでは、本書の一部を試し読みできる。1ページ目から大変な衝撃だ。わずか12行の虐待の描写に、一瞬で打ちのめされる。
「馬乗りになって平手打ちをし、髪をつかんで頭をゆする。立ち上がろうとするユウを、力いっぱい突き飛ばす。まだまだこちらの思い通りになる九歳の身体。(中略)ぐったりしたユウを見て、ひとつ仕事を終えたような感覚になる」
どの"ユウ"の身に起きた出来事なのか? 母親は一体どうしてしまったのか? 非常に気になったまま、3つの石橋家の日常が交互に描かれたパートが始まる。
あすみ「優のことが好きで好きでたまらない。もちろん、親だから当たり前なのだが、優とは心が通じ合っていると感じる」
留美子「明日はどこに行こう。どこに行っても、悠宇と巧巳は騒がしいに違いないけれど、ひさしぶりに家族四人で出かけられる。声は嗄れると思うけれど、たのしい日曜日になればいいな」
加奈 「勇に謝らないでも済むように、勇をうしろめたい気持ちにさせないように、しっかりと生活を支えていきたい」
3人の母親たちは間違いなく、わが子に愛おしい眼差しを向けている。では、一体どのようにして冒頭シーンにつながっていくというのか――。
著者は「何があっても子どもに暴力をふるってはいけないという世の中ですが、制御不可能な男児二人の子育てをしていると、どうしても手が出てしまうことがあります」と、率直に書いている。
「もちろん、子どもに手をあげるのはいけないことですが、感情が先走ってしまうこともあると思うのです。そんなふうに感じたのが本作執筆のきっかけです。(中略)一歩間違えたら、自分も同じだったかもしれないと感じるお母さんも少なからずいると思います。私はまさにそうでした」
子どもに手を上げることについては、反対派と擁護派がいる。しつけと虐待の線引きの基準も人それぞれ。ただ、その一線を越えてしまいそうになる極限状態に追い込まれることは、けっして稀なケースではない。
「これが自分とわが子だったら......」。自分と重ね合わせて苦しくなる。当事者意識なくして読むことはできない。おそらくあなたも、結末まで見守らないと気が済まなくなるだろう。
■椰月美智子さんプロフィール
1970年神奈川県生まれ。2002年『十二歳』で第42回講談社児童文学新人賞を受賞してデビュー。『しずかな日々』で第45回野間児童文芸賞、第23回坪田譲治文学賞を受賞。著書に『フリン』『るり姉』『消えてなくなっても』『伶也と』『14歳の水平線』『その青の、その先の、』などがある。
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