「親の老後は、自分の老後の未来図。親の最後の姿から学ばない人は、バカだ」――。
自分に老後は永遠に来ない。仮に老いたとしても、そのときはピンピンコロリ......。しかし、そう思いどおりにいくとは限らない。気づいたら寝たきりになり、望みは叶うことなく、「こんなはずじゃなかった」と後悔するかもしれない。
タレント・作家の遙洋子さんの本書『老いの落とし穴』(幻冬舎新書)は、老親を介護して看取った著者が「後悔しない老後の迎え方」を徹底論考した1冊。
「老いは誰もが初体験で、『ええ! こんなことになるの!』と、身体の老いと出会う度に驚く。その延長線上に死がある。(中略)その驚きの度合いは前もって知っておくほうが得策だ。心構えができるし、そうならない方法を探ることも可能だ」
遙さんが父親を見送ったのは25年以上前。母親は10年以上前。ともに84歳だったという。両親が歳をとってからの子だったため、当時は同世代に介護や看取りの経験者はおらず、「実にお粗末な介護経験だった」と振り返る。
遙さんにとってそれは「遠い過去の物語」なのだが、最近周りの40~60代女性から、親の老後と看取りに後悔し、苦悩する声が届くという。
知人で「穏やかに看取ったよ」と微笑んだのは、たった1人なのだとか。そこに「介護や看取りに関して、言葉では救いきれない根深いものがある」と見ている。
「懸命に介護した人間がなぜ、自責と後悔と釈然としなさを抱えて生きなければいけないのか。(中略)99対1の割合で苦しむ人が多いなら、そこには何か共通する課題が隠れていないか」
「親の介護や看取りほど、自分の情愛や冷酷さ、身勝手さや弱さ、恋慕や未練を思い知るものはない」という。せっかくだからと、親の老後から学ぶことをすすめている。
「そこには、親が自らの命と引き換えに子に伝えたいと願う、大切なメッセージが隠れているかもしれない」
本書は「第一章 介護は死んだら終わり、ではない」「第二章 老いの落とし穴」「第三章 人間の最期からわかること」「第四章 老いの先取り」の構成。
「人は最後に本音を残す」「世間の物差しで生きると、死に際に後悔する」「『子だくさんだから老後は安泰』は大間違い」「老後は人生の総決算」「老いを先取りする」......など、さまざまな角度から「老い」を考察した55項目が並ぶ。
「死ぬ前にはシグナルを出す」では、「看取れなかった娘」としての後悔を書いている。死には、いくつかのシグナルがあるという。「ああ、あれがシグナルだったのだ」と、見落とした後で気づくことも。遙さんは母との最期の夜、こんなやりとりを交わしていた。
遙「そろそろ帰るわな」
母「車に気をつけて帰れ。明日、早く来てな」
それまでは夜遅くまで付き添う娘に、「もう帰れ」とうるさそうに言っていた。その母が初めて「明日、早く来てな」と頼んだのだ。母は翌朝、娘が来る前に亡くなった。
遙さんはシグナルを「聞き落とした」と振り返る。この「看取りの失敗」は「生涯立ち直れない失敗」であり、いまも苦しんでいるという。
「介護とは『その時』に向かって覚悟し、伴走する行為だ。ゴール時には走者がいない。いつの間にか、いなくなった。(中略)深い森で大事な人を見失ってしまった感覚だった」
母が寝たきりのとき、ヘルパーに「冷たいっ!」と叫んだり、爪を切られて「痛いやないかっ」と怒鳴ったりするのを、遙さんは聞いてきた。しかし、遙さんが爪を切ると痛がらなかった。高齢者の爪は分厚く固い。そのため、ちょっとずつかけらを落としていく。そうすれば切られるほうは安心するだろうと、想像できたという。
プロ、介護経験者、医師、家族の誰であろうが、「見る」「気づく」「関心を持つ」という3つの感性が必ずしもあるとは限らず、著者の経験上、すべて持ち合わせている人は圧倒的少数なのだそう。
「毎日の中で、人生の中で、何を見て何に気づき、どう感じてきたか。その蓄積の延長線上に、お年寄りにどう接するか、がある」
本書は、介護の実践的なアドバイスが書かれたものではない。遙さんと親きょうだいとの赤裸々なやりとりにはじまり、介護する側・される側の思い、どう生きるか、どう老いるかについて、実体験からくる率直な言葉で書かれている。
最後に1つ。看取り後の欠落感、無力感から「ある意味、壊れてしまった」という著者だが、こんなことも書いている。
「介護はしょせんお手伝いであって、お年寄りや要介護者の人生の質を左右できるほどの力はない。(中略)無力感を軽くしてくれるものが、お年寄りがどう生きてきたか、その人生が楽しかったか、生ききったか、という印象なのだ」
自分の老後を考えたときに、「ちゃんと生きる」「見事に生きる」ことが「次世代に向けての生き方の礼儀」になる。このことを覚えておきたい。
■遙洋子さんプロフィール
大阪府生まれ。1986年から8年間上岡龍太郎氏と組んで司会をした「ときめきタイムリー」(読売テレビ)で、本格的にタレント活動を開始。以降、バラエティ番組、討論番組で活躍すると同時に、執筆活動を始める。父を介護した体験をもとに書いた『介護と恋愛』(ちくま文庫)は2006年「介護エトワール」(NHK)としてドラマ化され、脚本を執筆。文化庁芸術祭参加作品に選ばれる。
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