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「落語は私のために作られたんじゃないか!」 ~カナダ出身の落語家・桂三輝に聞く~(第2回)

 カナダ出身の落語家・桂三輝(サンシャイン)さんは、史上初となる英語ネイティブのプロ噺家。「伝統をリスペクトし、受け継ぐことを決めた外国人」としてACジャパンのCMに出演し、注目されている。

 前回の記事「ステイホーム! 『英語落語』で自分磨き ~カナダ出身の落語家・桂三輝に聞く~(第1回)」では、ホンモノの英語と落語を思いきり楽しみながら学習できる本書『桂三輝の英語落語』(アルク)を紹介した。第2回は、桂三輝さんが落語に惚れ込んだ理由、英語学習のアドバイスなどをご本人に聞く。

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写真は、カナダ出身の落語家・桂三輝さん。

一番大事なのは伝わること

―― 英語と落語という組み合わせが新鮮でした。落語はよく知らないけど英語は勉強したいという人にとって、落語にふれるきっかけになりますね。

三輝 あまり広く知られていないかもしれないけど、落語は英語学習の一つのツールとして、大学の授業で使われることもあります。一人で何役も演じて会話をするから、リアリティがある。「英語落語」って、実はものすごく英語の勉強になるんですよ。

―― 教科書とは雰囲気が違って、本書は自然な英語がたくさん出てきます。

三輝 書く言葉と舞台で喋る言葉は、まったく違いますからね。コメディアンとして一番気を遣うのは、お客様が想像しやすい喋り方、理解しやすい喋り方をすること。つまり、ものすごく自然な喋り方です。

 多くの人は、主語・動詞・名詞を考えて、ちゃんとした文章を作ってから言おうとしますよね。でも、実際の会話はそこまで文法的じゃないし、すごくシンプル。一番大事なのは結局、伝わることです。

 どの噺家もそうだろうけど、私は舞台では台本どおりに喋りません。口に出した途端、いらない言葉はカットしてシンプルにします。たとえば驚いた時に「Oh my goodness! I'm so surprised!」とは言わないでしょ。「Wow!」だけでいいんです。

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写真は、本書『桂三輝の英語落語』(アルク)の表紙。

落語と運命の出会いを果たす

―― 落語の魅力は何だと思いますか。

三輝 日本に来て5年目、日本語をちょっと喋れるようになった頃に落語を始めました。落語はすごくシンプルで無駄がないんです。一人が着物を着て、枕で自分のことを話して、噺を演じて、オチがある。「これはすばらしい、最高だ」と思ったんですね。

 私は大学で古典演劇を専攻して、劇作家、作曲家、コメディライターをやって、ミュージカルも手がけたんですけど。落語には、それまで私がやってきたことのすべてが集約されていたんです。「落語は私のために作られたんじゃないか!」って思いました(笑)初めて落語を観た時、本当に「日本人に生まれてよかった」と(笑)まさに運命の出会いでしたね。

―― そもそも、日本に興味を持ったきっかけは何ですか。実際に来てみて、どうでしたか。

三輝 最近はインターネットで何でも調べられるから、行かなくても詳しくなるかもしれない。でも当時はまだなかったから、日本のことはよく知りませんでした。ただ、パーツで日本の情報を得たり、日本のアートに詳しい友人がいたりして、歌舞伎と能が面白そうだと思っていました。

 私が勉強した古典ギリシアの喜劇は2500年前のもので、一回ローマに潰されたから続きはない。でも、歌舞伎は江戸時代からずっと続いています。伝統芸能に興味を持って日本に来て、実際はこういうふうになっているんだとわかって、ものすごく感動しました。3日目に「もう一生帰らない」と思ったほどです。

白いキャンバスを大阪の雰囲気に染めるコツ

―― 本書をどんなふうに読んでほしいですか。

三輝 表現解説の松岡先生にすごくうまいこと解説していただいて、解説を読んで「なるほどなぁ」って勉強になりました。読者のみなさんには、まず落語を聞いて、楽しい解説を読んで、もう一回落語を聞いていただきたいです。そうすると、どんどん笑えるようになってきます。

 他言語の勉強は難しいけど、ジョークやユーモアで案外笑えることもあるから。これより気持ちいいことはないと思います。私は芸人だから、読者のみなさんが楽しめる、笑えることが一番だと思いますね。

―― 日本人の読者を意識したところはありますか。

三輝 本にするために特別に落語をやったわけではないし、日本人向けにゆっくり話そうともしていません。本書の音声は、ブロードウェイでやっているのと同じペースですよ。私は早口だけど意外とわかりやすい。それは落語の良さで、すごくシンプルでリアルだから。

 あと、あえて無国籍英語で話しています。私はカナダのネイティブだけど、トロント英語で話したら日本の噺じゃなくてカナダの噺になる(笑)無国籍英語では、たとえば「I don't think I'm going to go out with you tonight.」を「I do not think I can go out with you tonight.」と全部ハッキリ言います。「can't」じゃなくて「cannot」とか。どこの国でも話さない英語は、スタンダード英語になるんです。

 こうして私は、一つの白いキャンバスを大阪の雰囲気に染めるコツをつかみました。金髪の白人が日本人を演じているから、カナダっぽさを消さないといけないんです。最終目標は、お客様がわかりやすいようにすること、言葉がジャマしないようにすることです。

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写真は、カナダ出身の落語家・桂三輝さん。

覚えて演じてみよう

―― どこからヒントを得て噺を作っているんですか。

三輝 たとえば本書の「挨拶」(注1)や「せっけん噺」(注2)は、完全に私が経験した話。日本語のネイティブじゃないからこそ、気づくことがあるんです。言ってみれば、あるある外人ネタ(笑)

(注1)「挨拶」
 英語に訳すのが難しい、日本語特有の長くて改まった挨拶を取り上げている。海外公演の際、この手の挨拶が厄介なことになる時もある。三輝さんがトロントで「お忙しい中ご来場いただきまして......」と言うと、観客の一人が立ち上がり「おれは忙しくないぞ!」と叫んだ、というエピソードをまじえている。

(注2)「せっけん噺」
 三輝さんがせっけんを買いにコンビニへ出かけた際の、店員とのやりとりを取り上げている。「『セケン』はどこにありますか?」と言っても通じず、何度も繰り返すことに。結局「ハンドソープ」と言えばよかったというオチ。

―― 英語学習のアドバイスをお願いします。

三輝 ぜひ「覚えて演じてみよう」とアドバイスしたいです。読んで、覚えて、演じていただけたら、すごく勉強になると思うし、最高に嬉しいですね。今度外国人に会った時に、この本にある文章を言ってみたら、たぶん笑ってもらえると思う。

 ぜひ、楽しみながら英語を勉強してください。そしてニューヨークに来て、ブロードウェイの本場で私の「英語落語」を観ていただきたいです。そこでお声がけいただいたら、一緒に打ち上げに行きましょう(笑)

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写真は、BOOKウォッチ編集部のリモートインタビューに応える桂三輝さん。

■桂三輝さんプロフィール

 能と歌舞伎に興味を抱き、1999 年に来日。2003年からアコーディオン漫談や英語落語の活動を始める。07 年、大阪芸術大学大学院芸術研究科に入学し、落語を研究。08 年、桂三枝(現・六代桂文枝)に弟子入りし、桂三輝と命名される。13 年、在日本カナダ商工会議所文化大使に就任し、北米ツアーを開催。14年からワールド・ツアーを開始。15 年、日本スロヴェニア親善大使に就任。19 年、ニューヨークの歴史あるオフブロードウェイにある劇場、ニュー・ワールド・ステージで初となる落語のロングラン公演を開始。これまで五大陸15カ国で公演し、日本の伝統文化を世界に発信している。

<この連載を読む ~カナダ出身の落語家・桂三輝に聞く~>
 ステイホーム! 「英語落語」で自分磨き (第1回)
「落語は私のために作られたんじゃないか!」 (第2回)
「落語は国境も言葉も越えられる」 (第3回)


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