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凪良ゆう最新作は、「恋愛小説」の枠にはまらない「愛」の物語

汝、星のごとく

 凪良ゆうさんは、『流浪の月』(東京創元社)が2020年本屋大賞を受賞し映画化もされて、今最も注目が集まっている小説家の一人だ。凪良さんの待望の新作長編『汝、星のごとく』(講談社)が、8月4日に発売された。

 単行本の帯にあるキャッチコピーは、「その愛は、あまりにも切ない。」落ち着いた青の装丁からも、切ない悲恋ものを想定して読み始めたのだが、その予想は見事に裏切られた。確かに恋愛を描いてはいるのだが、「恋愛小説」と括ってしまうのはあまりにも違う。そこに描かれているのは、切ない愛であると同時に、愛や理想だけではとても生きていけない、圧倒的な現実だった。

孤独を抱えて出会った二人

 第一章「潮騒」の舞台は、風光明媚な瀬戸内海の島。十七歳の櫂(かい)は、京都から母親と二人で島へ引っ越してきて一年が経つ。付き合っている男性を追いかけてきた母親は、島で唯一のスナックを営んでおり、島の女性たちには良く思われていない。櫂は高校生ながら、自由奔放な母親に代わって酒やつまみの在庫管理と発注をしている。

 もう一人の主人公・暁海(あきみ)は櫂と同じ学年で、島で生まれ育った。暁海の父親は不倫相手のところから帰ってこず、母親は日々心を病んでいっている。不倫の噂は島中に広まってしまっている。コンビニもない島では、スキャンダラスな噂は住民たちの恰好の娯楽だ。母親は暁海に、「お父さんを迎えに行ってあげて」と言い、不倫相手の家の地図を渡す。

 孤独を抱えた櫂と暁海は出会い、互いの身の上を知って仲間意識をもち、やがて惹かれ合って恋人同士となる。厳しい現実の中で、互いだけが安らげる居場所になった。櫂は暁海の父親の不倫相手の家まで付き添い、暁海は櫂の母親の店を手伝って、二人で助け合って生きていく。

 作品中でも言及があるが、二人は「ヤングケアラー」として描かれている。親たちの恋愛関係のこじれに巻き込まれ、「子どもがそこまでしなくても......」という過酷なシーンがいくつも描かれる。年齢のわりにとても冷静で、たとえば人が吐いたものの処理に慣れているといった大人び方がやるせない。

 すでに十分厳しい現実が描かれているが、それでもここまでは美しい「愛」の物語だ。このまま二人は愛を貫くのかと思いきや、第二章以降、もっと残酷で目をそむけたくなるような現実がやってくる。

東京へ出た櫂と、島に残った暁海

 櫂は高校生のときから、作品投稿サイトを通じて知り合った相手とコンビを組み、漫画を作っていた。櫂は原作担当、相手の尚人(なおと)は作画担当だ。櫂にとって、物語を作ることは現実逃避の手段だった。二人の漫画は出版社への投稿をきっかけに編集者の目に留まり、努力を重ねた結果、高校三年の夏休みに雑誌の連載が決まった。そして櫂は、高校卒業とともに東京へ出て一人暮らしを始める。

 一方の暁海は、一時は櫂と一緒に東京へ行きたいと思っていたが、母親の具合が悪くなり、経済的な理由もあって上京も進学も諦めた。高卒で今治の会社に就職し、男女格差の激しい職場で、余裕も代わり映えもない毎日を送るようになる。

 お盆にだけ会える遠距離恋愛は、はじめのうちは順調だったものの、櫂の漫画がヒットして一躍有名になると状況が変わり始める。忙しさに加えて、櫂に他の女性が近づいてくるようになり、男女関係やお金に対する価値観が都会と田舎でくい違っていき、二人は徐々にぎこちなくなっていく。社会構造に絡めとられてすれ違っていく男女のありさまは、2021年の大ヒット映画『花束みたいな恋をした』を彷彿とさせる。

 櫂と暁海の視点で交互に語られることによって、それぞれに事情や背景があり、分断を招く弱さがあることがわかってくる。傍から見ていると「都会に染まった櫂はなんて傲慢なんだ」と思ってしまうが、暁海は田舎の価値観から抜け出せない自分をこんなふうに述懐している。

 いつからか対等に話せなくなったこと。よしよしと適当に頭をなでて、それで満足すると思われるようになったこと。けれど本当にわたしがつらかったのは、侮られる程度の自分でしかないという現実だったんだろう。わたしが今のわたしに価値を見いだせない。だから言いたいことも言えず、飲み込んだ自身の不満で自家中毒を起こしている。
 そう考えると、問題の根本は自分なのだとわかる。

 櫂に強く出られない暁海は、他の女性の影に気づいていても指摘することができず、「いい彼女」に徹してしまう。一方の櫂は暁海や島の思い出を唯一の心の安らぎだと思っているが、実際に会う今の暁海はもう以前のようではないと感じ始める。二人はそれぞれにわだかまりを抱え、そして......。

いったいこれは何小説なのか

 本作は男女の恋愛を描きながらも、ヤングケアラーの問題に切り込む小説であり、女性の置かれている現状を描くフェミニズム小説であり、さらに櫂とコンビを組んでいる尚人がゲイで、同性愛差別に晒されるシーンも出てくるクィア小説であり......数えきれない社会構造が背景に織り込まれている。

 凪良さん自身も、講談社のインタビューで「最初は恋愛小説のつもりで書き始めたのに、できあがってみるとそのジャンルに規定されるものではなくなった」と語っている。いったいこれは何小説なのか......簡単に言い表せないからこそ、長い長い物語として語ることに意味がある。

 読みながら何度も苦しくなったが、二人がこのままただ離れて終わりではないことだけは保証しておきたい。ここでご紹介したあらすじは本書全体の半分にも満たないのだ。さまざまな社会問題を描きながらも、本作はやはり「愛」の物語だ。厳しい現実に向き合いながら、それでもドライになりきれない人々を突き動かすものは、いったい何なのか。

 現実を直視することで見えてくる、本当の「愛」の姿。それは、この分厚い本を一ページ一ページ読んだ人にしかわからない。


■凪良ゆう(なぎら・ゆう)さん
京都市在住。2006年にBL作品にてデビューし、代表作に'21年に連続TVドラマ化された「美しい彼」シリーズなど多数。'17年非BL作品である『神さまのビオトープ』(講談社タイガ)を刊行し高い支持を得る。'19年に『流浪の月』と『わたしの美しい庭』を刊行。'20年『流浪の月』で本屋大賞を受賞。同作は'22年5月に実写映画が公開された。'20年刊行の『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。本書は約2年ぶりの長編となる。


※画像提供:講談社




 


  • 書名 汝、星のごとく
  • 監修・編集・著者名凪良ゆう 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2022年8月 4日
  • 定価1,760円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・352ページ
  • ISBN9784065281499

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