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アリのように働いて「老後はキリギリス」の日本人

キリギリスの年金

 公的年金の将来について不安を感じている人は少なくない。本書『キリギリスの年金』(朝日新書)は、タイトルからもわかるように悲観論に立つ。イソップ寓話では、アリは夏の間に働いて冬に備えることができたが、本書によると、日本人の多くはアリのように働いていたのにもかかわらず、老後はキリギリスになってしまうというのだ。

「統計分析」の専門家

 著者の明石順平さんは1984年生まれの弁護士。主に労働事件、消費者被害事件を担当。ブラック企業被害対策弁護団事務局長。

 この経歴からは、なぜ明石さんが本書を書いているのかわからないかもしれない。少し補足すると、明石さんは「統計分析」の専門家なのだ。BOOKウォッチでも紹介した『国家の統計破壊』(インターナショナル新書)などの著書がある。

 大手メディアは2018年8月、「賃金21年ぶりの伸び率」というニュースを大々的に流した。厚労省の毎月勤労統計調査結果にもとづくものだった。名目賃金が速報値で3.6%も伸びているというのだ。この発表に、疑問を感じたのが明石さんだった。「データのおかしさ」にいち早く気付き、自身のブログで、算出方法を変更したことで結果にゆがみが出ているのではないかと指摘した。その後、メディアでも取り上げられ、国会で大問題になったことは記憶に新しい。

 上掲書では、第二次安倍政権の発足以降、わかっているだけでも53件の統計手法が見直され、そのうち38件がGDPに影響を及ぼしていることを指摘。「手法の変更によりかさ上げされた数字では連続性がなく、もはや統計の意味をなさない」と憤っていた。

100以上のデータをもとに検証

 本書は、テーマを「公的年金」に絞って、政府の主張や見通しが信用できるのか精査したものだ。今回も100以上のデータをもとに検証している。構成は以下の通り。

 【第1章】 老後2000万円問題
 【第2章】 公的年金の歴史と仕組み
 【第3章】 絶対に実現しない年金財政の将来見通し
 【第4章】 アベノミクスと年金
 【第5章】 MMTと年金

 例えば2019年6月に金融庁が公表し話題となった「老後2000万円報告書」。内容があまりにシビアだったため、麻生太郎財務・金融相が「正式な報告書としては受け取らない」と言ったことで騒ぎに拍車がかかった。

 当時は、日本人の老後についての正直な見通しを公的に語った報告書と受け止められたが、明石さんはその報告書の中にも、以下のような手ぬるさがあるという。

 ・報告書のモデルケースは夫婦であり、単身者はより厳しい。
 ・介護費用などの特別な費用の支出は考慮していない。
 ・モデルケースは厚生年金を受給している世帯であり、国民年金のみの世帯はより厳しい。
 ・60.1%の人が貯蓄2000万円未満であり、貯蓄は今の傾向だと減少していく。

 さらに問題なのは、この報告書は「インフレ(物価上昇)」を考慮していないことだという。物価が上がれば実質の貯蓄額は下がる。

アベノミクスは「年金減額政策」

 本書では「第4章 アベノミクスと年金」でそのことに触れている。アベノミクスは「年金減額政策」だというのだ。

 よく知られているようにアベノミクスは「前年比2%の物価上昇」をめざしていた。年金については「マクロ経済スライド」が導入されている。物価が2%上がると、年金支給額もスライドで1.1%上がる、という仕組みだ。これは逆に見ると、実質支給額が0.9%減るということだ。10年間続くと想定すると、物価は約22%上昇するが、年金額は約12%しか上昇しない。実質約10%減になる。アベノミクスは結果的に失敗しているが、うまくいった場合は年金については実質減額。もちろん名目上は増えているから、気づく国民は少ない。つまりアベノミクスは「サイレント年金減額」だったと指摘する。

 明石さんには、『アベノミクスによろしく』『データが語る日本財政の未来』『ツーカとゼーキン 知りたくなかった日本の未来』(いずれもインターナショナル新書) 、『人間使い捨て国家』 (角川新書)などの著書もあり、財政、税金全般について詳しい。基本的に安倍政権、自民党政権批判のスタンスであり、厚労省の統計不正に関しては、疑問を指摘した先駆者ということで野党の合同ヒアリングに出席し、公述人として国会にも出た。

野党は「嘘つき」

 本書では、野党のことも手厳しく批判している。消費税が導入され、増税されたのはすべて自民党が与党の時代だったが、増税の根拠となる法律が成立したのは村山内閣や野田内閣の時だった。自分たちが野党だった時には増税に反対し、与党になった時に消費増税法案を成立させている。「私は怒りを込めて言いたい。『だったら最初から反対するな』」「これではただの嘘つきではないでしょうか」とあきれている。

 年金の将来については、「賦課方式」(現役世代が納めた保険料を年金支給に使う。世代間の仕送り)なので、「年金ゼロになることは決してない」が、「所得代替率」(年金を受け取り始める時点における年金額を、現役世代の平均手取り収入と比較した率)はどんどん下がり、逆に支給開始年齢はどんどん上がっていく、と見ている。75歳になる可能性もあると推測している。

 明石さんは、最近の日本が抱える様々な問題の根底には、「低賃金・長時間労働」があると強調している。賃金を削るということは国民の社会保障負担や税負担も削り、購買力も奪うからだ。明石さんの理想は、「労働者が家族を生み育てる余裕がある賃金を企業がきちんと支払い、その賃金からみんなが税金と保険料をたくさん出し合って、支え合う社会」だが、実現の見通しは暗い。

介護保険も危ない

 BOOKウォッチでは関連書をいくつか紹介済みだ。『2000万円不足時代の年金を増やす術50――誰でも知識ゼロでトクする方法』(ダイヤモンド社)は公的年金についての基礎的な話をわかりやすく書いている。『定年後のお金――貯めるだけの人、上手に使って楽しめる人 』(中公新書)は一定レベル以上の企業に勤める40~50代の会社員を読者対象にしている感じだ。厚生年金に加えて企業年金、退職金なども考慮した話が多い。

 『介護保険が危ない! 』(岩波ブックレット)は保険料がどんどんアップしているのに、サービスが低下している介護保険の話。若年層にとっては他人事だが、高齢になった時の負担は重い。2025年度には月額7200円程度になると見込まれ、すでに滞納で差し押さえが増加していることも報じられている。『日本の医療の不都合な真実――コロナ禍で見えた「世界最高レベルの医療」の裏側』 (幻冬舎新書)は、コロナ禍で顕在化した日本の医療システムの問題点を解説している。日本の医療が、「供給過剰・過当競争」に陥り、その結果、コストがかかっている実態を医師の側から問題視している。

  • 書名 キリギリスの年金
  • サブタイトル統計が示す私たちの現実
  • 監修・編集・著者名明石順平 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2020年9月11日
  • 定価本体850円+税
  • 判型・ページ数新書判・272ページ
  • ISBN9784022950888
 

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