「自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ(話さないよねぇ)」。臨床発達心理士の妻の一言が夫婦喧嘩の、そして「自閉症と方言」研究の始まりだった。本書『自閉症は津軽弁を話さない』(角川ソフィア文庫)は、全国の関係者を驚かせた同名の単行本(2017年、福村出版)を文庫化したものだ。
著者の松本敏治さんは博士(教育学)。公認心理師、特別支援教育スーパーバイザー、臨床発達心理士。弘前大学教授などを歴任。2016年から教育心理支援教室・研究所「ガジュマルつがる」代表。
冒頭の妻の発言に対し、障害児心理を専門とする松本さんは、自閉スペクトラム症(ASD)の「音声的特徴が方言らしくないから、方言らしく聞こえないということだと思うよ」と反論。夫婦のやりとりはエスカレートした。
「津軽弁を話さないから自閉症っていうのは問題だと思うよ」 「いや、常識だし。みんな(私の知っている保健師)そう思ってるし」 「じゃあ、ちゃんと調べてやる」
というきっかけで、その後10年近くにわたる「自閉症と方言」研究が始まった。
まずは青森県内で噂の調査から着手。4割もの人がこの噂を聞いたことがあり、6割を超える人が事実に近いと考えていることが分かった。そこから、本格的に調べる必要を感じたという。噂のない秋田県北の調査でも同様の傾向が見られた。
2011年に弘前大学で開かれた特殊教育学会のシンポジウムで発表したところ、「津軽弁や秋田弁などは、ただでさえ他地域の人間には聞き取りにくい。そのような特徴がASDの人の聞き取りを困難にしている可能性はないのか」という意見が出た。
この主張が正しければ、「自閉症児者は方言を話さない」という印象は、北東北限定あるいは特定の方言においてのみ生じていることになる。果たしてそうなのか、研究の対象と方法は、本書の以下の構成通り、どんどん拡大していった。
第1章 自閉症は津軽弁をしゃべんねっきゃ 第2章 北東北調査 第3章 全国調査 第4章 方言とは 第5章 解釈仮説の検証 第6章 方言の社会的機能説 第7章 ASD幼児の方言使用 第8章 ASDの言語的特徴と原因論 第9章 家族の真似とテレビの真似 第10章 ことばと社会的認知の関係 第11章 かず君の場合 第12章 社会的機能仮説再考 第13章 方言を話すASD 第14章 「行きます」 第15章 コミュニケーションと意図
各地の調査から、「自閉症児者は方言を話さない」という現象は、「一定程度方言を使用する地域においては普遍的な現象」であることが分かった。どう解釈するのか、音韻・プロソディ障害仮説(ASD独特の話し方のために、方言らしく聞こえない)など4つの仮説が出たが、ASDは「方言語彙」を使わないということをどれも説明できなかった。
そこでいったん、ASDの問題を離れ、方言そのものについて考察を深めることにした。方言主流社会では、方言の使用は相手と自分との距離が近しいものであることを示す。だが、ASDの人は社会性の障害を主とするため、相手の方言の社会的意味を理解することも難しい。だから方言を使わないと考えた。
上記の説明に対し、「あたりまえだ」という評価があった。
「ASDは社会性の障害なのだから、方言を使えないのはあたりまえ」
これで終わりなのだろうか? 松本さんはさらにASDの幼児はどうなのか? として、津軽地域での乳幼児健診にかかわっている臨床発達心理士の妻(旧姓の今泉で登場)の報告を紹介する。ASDの幼児でも方言不使用が見られるというのだ。夫婦喧嘩で始まった研究だったが、妻のアシストもあったようだ。
ここから、「家族の真似とテレビの真似」というキーワードにつながる。
「ASDの人びとは、意図読みに困難を抱えるために、自然言語を学ぶことが難しく、結局意図理解なしの模倣や連合学習によって学んでしまいます。そのため、方言主流社会であっても共通語が優勢となるテレビやビデオ、そして言語学習場面から言語習得をしていくことになると考えられます」
第11章では、ビデオで語彙を飛躍的に増やした児童の独自の学習法を紹介している。ASDの子どもを持つ家庭の参考になるかもしれない。
松本さんと妻の論争には決着がついた。夫婦喧嘩は松本さんの完敗。「自閉症児者は津軽弁を話さない」どころか「自閉症児者は方言を話さない」と結んでいる。
BOOKウォッチでは、『発達障害の人の雇用と合理的配慮がわかる本』(弘文堂)、『職場のあの人、もしかして発達障害?と思ったら』(秀和システム)などを紹介済みだ。
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