本を知る。本で知る。

梨木香歩さんの地名エッセイ 読めばまったりする

風と双眼鏡、膝掛け毛布

 『西の魔女が死んだ』(新潮文庫)などの児童文学作品で知られる梨木香歩さんには、『海うそ』(岩波書店)という小説がある。南九州の離島に人文地理学の研究者が調査にやって来るという話で、土地や地名へのこだわりが感じられた。

 本書『風と双眼鏡、膝掛け毛布』(筑摩書房)は、梨木さんが地名にまつわる話を書いたエッセイだ。風が運んで来たような話、双眼鏡で鳥を観察しに行ったときの体験、膝掛け毛布を使いカヤックを漕ぎに行った川や湖のことなど、地名が喚起するもろもろのゆるい括りとしてタイトルを決めたという。

想像力がはばたく

 二部構成で、第一部は「塩の道・三州街道の地名 足助、伊那」など具体的な街道に沿った地名約20カ所を取り上げている。第二部には「大の字のつく地名」「ざわっとする地名」「湖川の傍にある地名」「アイヌ文化由来の地名」など約50カ所が出てくる。どこから読んでもいいが、地理的枠を離れた第二部の方が、より奔放に著者の想像力がはばたいているような気がした。

 「大の字のつく地名」に茨城県の「大洗」が出て来る。近くの涸沼という湖にオオワシを探しに行ったそうだ。

 「涸沼は地図で見ると一見、胃袋のような形の湖だが、よく見ると細い管のような川が両端にあって、涸沼川が途中で膨張した形になっているのがわかる。そして海側の『管』が、那珂川の河口あたりで合流していて、そこから海の水も逆流して入ってくるので、漁場としても魚種が豊かなのだ。オオワシも楽しく過ごしているだろう。が、このときはなかなか会えない」

 こんな記述が地理好きにはたまらない。

 大洗の地名の由来について、親潮と黒潮がぶつかる潮目が沖にあり、大荒磯が転じて大洗になった説を紹介している。

 「大荒磯だと、ただ大荒磯なんだな、と納得するだけだが、『そ』を取ってさらに大洗と漢字を当てたところで、なんだかとてもスケールの大きな禊ぎ、すべてが浄められて再生に向かうような、そんなダイナミズムすら感じさせる」

 そうした作家らしいイメージをふくらませている。

海のない信州に海のつく地名

 「湖川の傍にある地名」には、長野県にある海ノ口、海尻が出てくる。信州には海がないのになぜ? 平安時代に編纂された歴史書『扶桑略記』に、仁和3年(887年)、五畿七道諸国を揺るがす地震が起こり、「信濃国の大山が崩れ、巨大な川が溢れ流れ、牛馬男女の流れ死ぬものが丘をなした」という記述があった。

 昨今の研究で、山体崩壊が起き、千曲川をせき止め、海と呼ばれるようなダム湖が出来たという説が有力なのだそうだ。その湖も133年後に決壊し、後には海ノ口、海尻という地名が残ったらしい。突如現れた巨大な水の溜まりを海と呼んだ人々の心情と千年近く経ってもその地名が残っていることに、不思議な感慨を覚えている。

北志向の梨木さん

 九州生まれだが、北志向があったという梨木さん。北方のことを書くのは難しい気がしていたというが、本書では北海道、青森、秋田など北の地名も多く取り上げている。

 秋田の田沢湖の近くには小保内、広久内、桧木内、笑内(おかしない)など、アイヌ語の「川」に当たる「ナイ」のつく地名があることを紹介している。

 第二次大戦前夜、電源開発のため、田沢湖に強酸性の「毒水」が流れる玉川を引き入れたため、豊富な水産資源のあった田沢湖は「死の湖」になった。小保内は、アイヌ語で、深く、小さな川の意味。玉川に合流する小保内川は「今も流れている。玉川に、清らかな水を注ぎ続けて」と書いている。

 時に田中阿歌麿著『湖沼めぐり』や江戸時代に書かれた玉蟲左太夫の蝦夷地巡検の記録『入北記』など文献にふれながらも、あまり引きずられることなく、ゆったりと筆を伸ばしている。

 「北志向」があるそうだが、「沖縄の地名」についても1章設けている。

 読んでいると、なんとなくまったりとした気分になる本だ。

 BOOKウォッチでは地名関連で、『読んで旅する秘密の地図帳』(青春出版社)、『世界でいちばん虚無な場所』(柏書房)、『古代‐近世「地名」来歴集』(アーツアンドクラフツ) 、『アイヌ語地名と日本列島人が来た道』(河出書房新社)などを紹介済みだ。

  

 


  • 書名 風と双眼鏡、膝掛け毛布
  • 監修・編集・著者名梨木香歩 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2020年3月20日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・223ページ
  • ISBN9784480804938

オンライン書店で詳しく見る(購入もできます)

デイリーBOOKウォッチの一覧

一覧をみる

アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!

おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

出版社の皆様!

御社の書籍も、
BOOKウォッチに
掲載してみませんか?