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「海賊」や「水軍」はどこへ消えたのか

水軍と海賊の戦国史

 海賊という言葉には何となくロマンがつきまとう。百田尚樹さんの『海賊とよばれた男』や和田竜さんの『村上海賊の娘』は大ヒット、『ONE PIECE』も海賊漫画だ。本書『水軍と海賊の戦国史』(平凡社)は「海賊」に「水軍」も加えて論じている。彼らの実像はどのようなものだったのか。なぜ歴史の表舞台から消えたのか。戦国時代に軸を置きながら丁寧に振り返っている。

ロマンが膨らむ

 著者の小川雄さんは1979年生まれ。日本大学大学院文学研究科日本史専攻博士後期課程満期退学。博士(文学)。専門は日本中近世移行期史。現在は日本大学文理学部助教。今回が初めての一般向けの著書だという。

 構成は以下の通り。

 はじめに――多様な海賊のあり方。彼らはどこからきて、どこに消えたのか
 第1章 戦国時代の水軍と海賊
 第2章 瀬戸内海の水軍と海賊
 第3章 関東・東海の水軍と海賊
 第4章 海上戦闘の広域化・大規模化
 第5章 豊臣政権下の水軍と海賊
 第6章 朝鮮出兵における水軍と海賊
 第7章 江戸時代における水軍と海賊

 このラインアップを見ただけで夢とロマンが広がる。とはいえ小川さんは逗子市教育委員会非常勤事務嘱託、西尾市史編集委員会執筆員、清瀬市史編纂委員会専門調査員などを地道に務めてきた研究者なので、内容は奇をてらったものではない。あくまで学者的な手堅く厳密な記述が続く。

秀吉が海賊停止令

 海賊といえば村上水軍が有名だが、本書は全国に視野を広げ、戦国時代のみならず江戸時代も含めて検討している。そこでは時折、「通説」と言われる見方にたいする疑問が顔を出す。

 例えば、海賊・水軍と呼ばれた人々は、江戸時代初頭にかけて姿を消していったかのように論じられることもあるが、本当にそうなのか。著者の立場は、「水軍も海賊も、江戸時代に消滅したわけではない」。徳川将軍家や諸大名は、太平の世にあっても、水軍の編成を維持しており、統括にあたる船奉行などに、海賊の系譜を引く人間を起用することも多かったという。「海賊」としての自立性は失っても、活動規模はむしろ大きくなることもあったとみる。

 そもそもかつての海賊たちは豊臣政権によって服属を強いられた。1588年には「海賊停止令」が出ている。海賊の中には、独立大名になる例もあった。志摩九鬼氏、来島村上氏などだ。一方で、従来からの大名たちも次第に水軍の力をつけていく。朝鮮出兵では村上水軍の当主が戦死するなど、むしろ従来の海賊・水軍側に犠牲者が多かったようだ。

 この戦いの主力になったのは西国の大名だった。その結果、諸大名の海上軍事力は西高東低の様相になる。そこで徳川政権は1609年、「大船禁制」を打ち出し、東西の均衡を図るため、軍船・商船を問わず500石以上の船を接収する。ほどなく商船については千石船が登場するが、軍船は小型が中心になった――これが戦国後期から江戸時代にかけての海賊や水軍の流れのようだ。

 5代将軍の綱吉は、さらに直轄水軍の縮小に取り組んだ。これについては、綱吉の文治志向による武備の軽減という文脈で説明されることが多いが、著者は日本周辺の国際情勢の相対的安定という外因性も想定すべきだろうと指摘する。

 水軍の維持にはコストがかかる。軍船は定期的に造り替えが必要で財政を圧迫する。対外緊張の緩和によって直轄水軍は、存在理由を減じ、西国の警備体制のみが続いた。そして幕末の開国の時代を迎え、次々と来航する欧米の新型船に慌てることになる。

明治になって日本海軍へ

 BOOKウォッチでは関連で何冊か紹介している。『戦争の日本古代史』(講談社現代新書)は白村江の戦いを振り返る。敵は唐・新羅の連合軍。唐の戦艦は鉄甲装備された巨大な要塞だったのに対し、こちらは小船。やっとのことで白村江にたどり着いたのに、先着順に待ち構えていた唐船の餌食になる。『戦国江戸湾の海賊――北条水軍VS里見水軍』(戎光祥出版)は東京湾の制海権をどちらが取るか、戦国時代の攻防を描いている。

 『幕末日本の情報活動――「開国」の情報史』(雄山閣)によると、福岡藩主の黒田長溥(1811~87)は幕府の阿部正弘老中から52年11月、ペリー来航の予告情報を聞かされていた。福岡藩は、長崎の警備を担当していたので内々に知らされたのだ。黒田は早くも12月には意見を具申している。その内容が興味深い。今でいうシミュレーションをしている。

 開国拒絶で臨むとどうなるか。伊豆諸島の大島は米国軍に占領され、そこに大砲でも設置されたら、江戸・大坂間の海上輸送、今でいうシーレーンが遮断され、江戸の都市経済・市民生活が破壊される。もし戦争になったら、米国艦隊の無差別攻撃で国土は焦土となると進言している。

 『維新と科学』(岩波新書)によれば、幕末になって、「蒸気船をわれらの手で」と国内でも大船建造計画が動き出した。二年がかりで600~700トンの船が1856年にできたが、正常な姿では浮かばない。静水を航行することすら困難だった。こうして日本で蒸気船を造るという計画はいったん断念することを強いられる。外国から買い入れるしかないということになった。そこで英国商人のグラバーらが売りつけ窓口になり、幕藩が購入を競い合うことになる。勝海舟や福沢諭吉も乗った有名な咸臨丸はオランダで製造されたものだった。そして明治になって幕府海軍や諸藩の水軍をベースに日本海軍が形成され、大幅な充実を図って日清、日露戦争へとつながっていく。



 


  • 書名 水軍と海賊の戦国史
  • 監修・編集・著者名小川雄 著
  • 出版社名平凡社
  • 出版年月日2020年4月27日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・239ページ
  • ISBN9784582477429
 

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