日本のアニメーションや漫画の源流は手塚治虫だと考えている人は多いだろう。定説にもなっている。本書『北澤楽天と岡本一平』(集英社新書)は、手塚にはさらに源流があり、それが北澤楽天と岡本一平である、と論じた本である。
明治期に北澤楽天、大正・昭和期に岡本一平という巨人がいて、彼らが切り開いた地平に手塚治虫が立っている。そう考えると、日本漫画の歴史がすっきりと見える。著者の竹内一郎さんの考えだ。
竹内さんは1956年生まれ。劇作家・演出家・漫画原作者。宝塚大学東京メディア芸術学部教授。博士(比較社会文化)。原案を担当した『哲也 雀聖と呼ばれた男』(講談社)で講談社漫画賞(筆名・さいふうめい)、『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』(講談社)でサントリー学芸賞を受賞。
「週刊少年マガジン」(講談社)で漫画原作者をした体験から、従来の日本漫画の通史に釈然としないものを感じていたという。清水勲氏の『漫画の歴史』(岩波新書)が格好の入門書とされているが、風刺漫画が重要とされている。
漫画の現場育ちを自任する竹内さんは、エンターテインメント性と爆発的に売れたことを重視する。北澤楽天と岡本一平が、社会現象をつくったことが、現在の日本漫画の状況の布石になったと見ている。
本書の構成は以下の通り。
第1章 ジャパニメーションの発展と手塚治虫 第2章 北澤楽天の生涯と業績 第3章 岡本一平の波乱の人生と功績 第4章 楽天山脈と一平山脈に連なる弟子たち
手塚本人が北澤楽天と岡本一平のことを次のように語っていることを紹介している。
「ぼくの小さいころの思い出から始めましょう。それは言いかえれば、昭和のマンガ史になるわけです。昭和のマンガ史といえば、一番初めに語らなければならない人は、やはり北澤楽天と岡本一平なのです」(『手塚治虫漫画全集別巻 手塚治虫 漫画の奥義』)
手塚の父親は、漫画ファンでコレクターでもあった。家に『一平全集』と『楽天全集』があり、手塚は熟読したという。手塚は楽天から、キャラクターづくりの面白さを学んでいる、と指摘する。また一平からは漫画による大河ドラマの手法や映画的技法を学んだという。
本書からかいつまんで二人を紹介しよう。
北澤楽天は1876年(明治9年)生まれ。横浜で英字紙の漫画記者になる。福沢諭吉の甥の画家、今泉一瓢(いっぴょう)が同僚にいて、その縁で福沢が創刊した「時事新報」の漫画記者となり、風刺画を描いた。楽天の連載には「時事漫画」というタイトルも付いており、「漫画」の祖は楽天だと論じている。
「時事新報」の日曜付録は丸ごと1ページ、楽天の漫画が載っており、コマが連続している。それまでの漫画は基本的に一コマ漫画だったから、楽天の革新性がわかる。
1905年(明治38年)には、フルカラーの風刺漫画雑誌「東京パック」を創刊した。キャプションには英語と中国語も表記され、朝鮮半島、中国大陸、台湾などでも販売された。最盛期には毎月6万部が売れた。
「政海の産物」という漫画が本書に載っている。伊藤博文を「伊藤膃肭臍(おっとせい)」、山県有朋を「山県蛸」、大隈重信を「大隈マンボー」と揶揄して描いている。
戦後は出身地の埼玉・大宮で隠居生活を送り、1955年、79歳で亡くなった。寄贈された自宅跡が「さいたま市立漫画会館」になっているそうだ。
岡本一平(1886-1948)は、芸術家・岡本太郎の父であり、小説家・岡本かの子の夫であることでも知られている。東京美術学校を卒業し、芝居の背景画を描いていたが、ピンチヒッターで描いた小説の挿絵が目に留まり、朝日新聞社に採用された。
当時、漫画家、挿絵画家は新聞社に社員として雇用され、現在のようなフリーランサーのスタイルはなかったという。
夏目漱石に「鋭くて諷刺的だが苦々しいところが無い。そして残酷さがない」と激賞され、自信を得たそうだ。
「人の一生」という大河ドラマのような漫画を「東京朝日新聞」に連載する。竹内さんは「テンポよく読める漫画――。不要な情報は極力簡略化する漫画――。これらの基礎をつくったのも一平の功績のひとつである」と評価する。
『一平全集』(全15巻)は、5万セットも売れる大ベストセラーになり、莫大な金が入った。「息子の太郎が29歳までパリに遊学し、その後も仕事らしい仕事もせずに、芸術に打ち込めたのは、一平の残した印税があったためだろう」と書いている。
かの子の若い愛人二人を伴い、一家は1929年(昭和4年)渡欧している。その四角関係は有名だが、愛人の一人はその後、病院長に、一人は島根県知事を務めたことにも触れている。
一方、一平は「一平塾」という漫画の勉強会を主催した。最初の弟子である宮尾しげをが手塚に大きな影響を与えたという。宮尾から「広い意味でのマンガの現代史が始まる」と手塚は書いている。
最後に竹内さんは「これまで、手塚治虫以前の漫画は『有史以前』のことのように思われてきた。しかし今回、北澤楽天、岡本一平と格闘してみて、漫画は『偉大な天才』によってつくられてきたのだなあ、としみじみ思うのである」と締めくくっている。
BOOKウォッチでは、漫画関連で『萩尾望都と竹宮惠子』(幻冬舎新書)、『くらもち花伝 ―メガネさんのひとりごと―』(発行 集英社インターナショナル、発売 集英社)、『サブカル勃興史』(角川新書)、 『谷口ジロー 描くよろこび』(平凡社、コロナ・ブックス)などを紹介済みだ。
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