都道府県別の県民所得では11年連続で全国最下位、賃金は全国の最低水準で、貧困率は全国平均の2倍......本書『沖縄から貧困がなくならない本当の理由』(光文社新書)は、日本でも突出した貧困社会である沖縄のあまり語られてこなかった「人と社会」の問題に切り込んだ刺激的な論考になっている。
沖縄と本土との経済格差については、広大な面積を占める米軍基地の存在や観光への過度な依存など構造的な問題が指摘されてきた。つきつめれば戦争と米軍による直接統治、その後の日本政府の政治姿勢など沖縄の「外部」に原因を求めるのが一般的だった。
著者の樋口耕太郎さんは沖縄大学人文学部国際コミュニケーション学科准教授。そのユニークな経歴は後で紹介するとして、沖縄の問題の原因は、「沖縄の中にこそ、ある」という主張は、タブーにふれるものとして大きな反響を呼んだという。
2016年から18年にかけて、その論点の一部を、沖縄タイムスの電子版や、政治サイト「ポリタス」に本書と同じタイトルで寄稿した。沖縄の人にとって心苦しい内容だったにもかかわらず、ポジティブな反応が多かったそうだ。
「沖縄が大好きなのに、沖縄に帰りたくない。その理由が分かった」 「ずっと感じていた息苦しさの理由がわかった」 「自分が間違っていたのではなかったとわかって嬉しい」そんな反応が象徴的だったという。
樋口さんは1965年生まれ。岩手県盛岡市出身。筑波大学を卒業し、野村證券に入社。その後、不動産トレーディング会社に移った。沖縄に縁ができたのは、16年前、事業再生のために恩納村のリゾートホテルを取得したのがきっかけだった。自分自身が経営することになり、独特の手法で再生したが、本社に解雇された。そして2012年に沖縄大学へ。
課題を出しても約3割の受講生が提出しないまま出席していることに驚いた。学力の問題ではなく、心の問題を抱えていることに気がついた。無感動を通り越して「無感覚」だと思った。目の前の学生たちが抱えている問題に向き合うため、沖縄の社会問題を語ることにした。
沖縄社会と経済と人間関係と沖縄の人の人生について膨大なケースを集めて、仮説を導き、その仮説を検証しようと、ある行為を続けている。那覇市のある飲食店で、「キープ料金」を払って水を飲み、来客の話に耳を傾ける。経営者、軍用地主、公務員、政治家、マスコミ関係者、非正規雇用労働者、シングルマザー......さまざまな人たち延べ3万人の声を聴いてきたという。それらの会話、学生たちから拾ったデータ、学生たちとの会話、自分自身の生活体験から導いた仮説をまとめたのが本書であり、最初の著書だ。
本書の構成は以下の通り。
はじめに 沖縄は、見かけとはまったく違う社会である 第1章 「オリオン買収」は何を意味するのか 第2章 人間関係の経済 第3章 沖縄は貧困に支えられている 第4章 自分を愛せないウチナーンチュ 第5章 キャンドルサービス おわりに これからの沖縄の生きる道
第1章で、優遇税制の更新に全力を傾ける地元のビール会社や泡盛業界の経営者を取り上げている。沖縄振興を目的にして大量に注がれた税金が、沖縄社会を歪める原動力になっている、と指摘する。
沖縄の所得の低さは、非正規雇用者の圧倒的な多さが原因だ。全国で最も高い43.1%。さらにデキ婚率、若年結婚率、若年出産率、離婚率がそれぞれ全国一だ。この結果、シングルマザー世帯は全国平均の2倍の水準で出現する。
子どもの貧困に対して、教育費用の援助、給食の無料化、子ども食堂などの施策が取られるが、樋口さんは対症療法だとする。根本的な原因を解決するために、第2章以下で沖縄の「見えない社会構造」に切り込む。
たとえば、昇進を辞退する労働者。「人間関係に波風を立てないためには、現状を維持することが安全な選択である。つまり昇進や報酬を断ることには合理性が存在するのだ」。
弱いものいじめではなく、「できるものいじめ」。勉強に熱心な子どもを軽蔑する風潮があり、大人になってもそれは続く。強烈な同調圧力が働く社会である。
そして以下のような現象となる。
・外食はまず「知人の店」 ・不良品でも文句を言わない ・身内優先が変化を止める
沖縄社会が貧困なのは、貧困であることに(経済)合理性が存在するからだ、と結論づける。沖縄の低所得者が沖縄企業を強固に支えているのだ。
それらの社会構造の下には、「自尊心の低さ」という心の問題があるという。自殺率の高さや凶悪犯罪率の高さ、飲酒などの依存症、DV、少年犯罪、児童虐待の多さを指摘している。
沖縄では問題から目を背けるため、「なんくるないさ」という言葉がある。現状維持は強力な麻酔として機能するため、虐げられ、苦しんでいる貧困層ほど、現状を維持する、と書いている。
最後に、樋口さんは、「沖縄問題は、日本問題でもある」と提起する。本土視点による沖縄問題の数々は、実は、海外から見た日本問題そのものだと。同調圧力が強い社会ということでは、程度の差こそあれ、それは日本も同じである。本書は沖縄論であると同時に日本論でもあるのだ。
コロナ禍によって観光産業が大打撃を受けている沖縄。沖縄はどう変わるのか。本書を読み、沖縄への見方が変わる人も多いだろう。
BOOKウォッチでは沖縄関連書として、第163回芥川賞を受賞した高山羽根子さんの『首里の馬』(新潮社)、第160回直木賞を受賞した真藤順丈さんの『宝島』(講談社)、『夜を彷徨う 貧困と暴力 沖縄の少年・少女たちのいま』(朝日新聞出版)、『はじめての沖縄』(新曜社)などを紹介済みだ。
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