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「地動説」のコペルニクスは聖職者だった!

科学者はなぜ神を信じるのか

 宗教には飛躍がある。これに対して科学は一点の非合理も容認しない――。大半の人がそう思っている。では、科学者のほとんどが無神論者なのだろうか。答えはNOだ。無神論者だとよく言われるアインシュタインは量子論に対して「神はサイコロを振らない」と発言した。これは神の存在を容認する発言でもある。宗教と科学、これら2つは両立するのだろうか。

 本書『科学者はなぜ神を信じるのか』(講談社ブルーバックス)は、あのアインシュタインだけでなく、自然科学なかんずく物理学にパラダイム転換もたらした、天才たちの発見の概要とともに宗教的立場を紹介する。そしてそれらは十分意外なものだった。ちなみに、アインシュタインは、神を否定したわけではなく、「擬人化された神を否定していた」のだそうだ。

ノーベル賞に貢献

 著者の三田一郎さんは1944年生まれ。カトリック東京大司教区協力助祭だ。教区の組織は責任者である司教、その下に司教を補佐する司祭、助祭がいる。三田さんのもう一つの職業は物理学者だ。プリンストン大大学院修了で専門は素粒子物理学。名古屋大名誉教授で東京大カブリ数物連携宇宙研究機構プログラムオフィサーなど歴任。B中間子系での「CP対称性の破れ」を測定、「小林・益川理論」のノーベル賞受賞への貢献でも知られる。

 神学と物理学の双方に精通する事情から、宗教と科学は結局のところ両立するのだろう――と、予定調和的な結論を想像する。しかし、三田さんは神の存在する余地が危うくなりつつある現況も解説する。

 宗教と科学の対立、つまり科学的知見を教義が否定する歴史は、16世紀に始まる。コペルニクスとキリスト教、よく知られる天動説と地動説の対立だ。

 これには前史がある。古代ギリシアでもともと唱えられていたのは地動説だった。それが、キリスト教の拡大とともに天動説が支配的になった経緯がある。

 地動説の祖は紀元前4-5世紀のピタゴラス派だった。しかし、天動説のアリストテレス(紀元前4世紀)によって覆され、13世紀のトマス・アクィナスによるアリストテレス哲学とキリスト教思想の統合で、天動説は強大な権力を持つに至ったわけだ。

ニュートンがとどめを刺す

 その後、大航海時代に入り、天体観測が不可欠な航海術の発展にともなって天動説では説明できない現象が明らかになる。観測結果と教義が矛盾し始めた。

 コペルニクスの場合は火星の明るさの変異や、順行逆行だった。天動説では星と観測者の距離は一定だから明るさは変わらないはずだし、火星の運行が他の星と異なるのは、いかにも変だ(ただし逆行は天動説での説明は複雑だができるようだ)。

 コペルニクスはこう考えた。

 天体が動いているのではなく、地球が太陽の周りを公転しているとしたら――。いわゆる「コペルニクス的転回」である――すると、火星をめぐる謎が簡単に解けてしまった。まず明るさ。地球が1年かけて1周する間に、火星は半周する――と考えた。であれば、地球と火星の距離は季節によって変化する。距離が大きければ暗く見え、小さければ明るく見える。もう1つの謎、順行・逆行は、地球と火星の公転速度が異なるため(追い越す際に逆行が起きる)からだ。

 それでもコペルニクスは迫害を受けなかった。理論が精密ではないと見られたからだ。以降、ジョルダーノ・ブルーノ(地動説で火刑)、ガリレオ(「それでも地球は動いている」――この言葉に史料的裏付けはないそうだ)、ケプラー(母親が魔女狩りに遭遇)......と暗黒時代が続く。

 ガリレオは他方、ピサの斜塔での実験で物体の落下は軽重にかかわらないことを証明。重い物ほど速く落ちる、とするアリストテレスの理論への反証もしている。

 こうした流れに決定打を与えたのがニュートンだった。「引力=質量の積に比例し距離の2乗に反比例する」「F=ma」など物体間の力学を方程式で表した。これが示すのは地球も動くということだ。アリストテレス=トマス・アクィナスによる旧来のキリスト教義的自然観にとどめを刺したことになる。

 注目しておきたいのは、これら科学者にはキリスト教徒が多かったことだ。コペルニクス、ジョルダーノ・ブルーノ、ケプラーはいずれも聖職者。ガリレオは「宇宙は第2の聖書である。この書の言葉は数学である」と考えていた。ニュートンも神学関連の著作の方が自然科学よりも多い。神の存在を認めていたわけだ。ガリレオには1992年、バチカンが謝罪した。

 その理由として三田さんが挙げるのは、科学的知見が対立するのは旧来の教義であって、キリスト教の科学者は旧約聖書の創造主としての神は信じている、ということだ。

 この後の物理学は、ファラデーの電磁気学、ボーアの量子論、アインシュタインの相対論、さらにホーキングへと発展して現在に至ることは周知の事実だろう。三田さんはこの流れを、神が存在する余地が狭められてきた歴史だ、と言う。

ホーキングによって打ち砕かれる

 ではなぜ、電磁気学や量子論、相対論が神に関係するのか。それらは相対論からブラックホール、ビッグバンが導かれ、初期の宇宙が放射線や素粒子で記述される世界になるからだ(余談だが、ビッグバン理論の基となる膨張宇宙論の提唱者ルメートルも聖職者だ)。

 ここでは詳しくは触れないが、このビッグバン理論で息を吹き返したのは、皮肉にもキリスト教だった。「創世記」の最初にある「神は光あれと言われた。すると光があった」に似ているからだ。ところが、それも量子宇宙論(現在最有力とされる宇宙創成理論。もともとあった"宇宙の種"がエネルギー障壁を超えて粒子となり、それに伴う大きなエネルギーによる急激なインフレーションを経てビッグバンにつながったとする説)のホーキングによって打ち砕かれる。量子宇宙論の最初の段階に導入された虚数時間によって、時間に一律の方向がなくなってしまい、時間の端もなくなってしまったからだ。

 最後に、物理学者の三田さんが神の存在を考えるようになったいきさつを語っているので、紹介したい。

 初期宇宙では物質(粒子)と反物質(反粒子)が同じだけ存在して「対称性」が保たれているはずだ。そうであれば粒子と反粒子は打ち消し合って消滅する。ところが、現宇宙には粒子が残って物質が存在しているのだ。この矛盾はなぜか――が神の存在を考えるきっかけになったと言う。

 この矛盾に最初に答えたのはサハロフで、K中間子が崩壊する際に、この対称性(CP対称性)が破れて粒子の方が反粒子よりも多く生じると考えた。さらに「小林・益川理論」が登場。サハロフの時点で中間子などの粒子の素になるクォークは3種類と考えられていたが、小林・益川理論では従来の理論と矛盾せずに6種類存在する、とした。CP対称性の破れがさらに大きい「B中間子」の存在を予言した。三田さんはカーターとともに1981年、B中間子の対称性の破れをK中間子の10%以上になると予告、その後、B中間子の350倍もの対称性の破れが観測され、小林・益川理論の証明につながった。

 理論では粒子と反粒子は同数だけ生成されるはずなのに、なぜかCP対称性が破れる。そこに三田さんは神の意志を感じたそうだ。

 高校物理は「力と運動」、「熱」......といった具合に項目別に分けられている。このため物理の全体像がつかみにくい。そこが、学ぶ際の不安につながる。本書は言ってしまえば、物理学の歴史を神と物質を狂言回しにして概観している。だから、物理の全体像が分かるという利点がある。しかも著者は一流の物理学者。現役の高校生には薦めたい1冊だ。また、ニュートン物理しか学ばなかった評者のような世代にとっても、相対論や量子論入門に最適だと言えるだろう。何度か読み返したいと思った。

 関連で本欄では『天の川が消える日』(日本評論社)、『宇宙はどこまでわかっているのか』(幻冬舎新書)、『ホーキング博士 人類と宇宙の未来地図』(宝島社)、『虚数はなぜ人を惑わせるのか』(朝日新書)など多数紹介している。

BOOKウォッチ編集部 森永流)


 


  • 書名 科学者はなぜ神を信じるのか
  • サブタイトルコペルニクスからホーキングまで
  • 監修・編集・著者名三田一郎 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2018年6月20日
  • 定価本体1000円+税
  • 判型・ページ数新書判・285ページ
  • ISBN9784065120507
 

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