虚数と聞くと学生時代、数学に苦しめられた苦い思い出がよみがえってくる人が少なくないだろう。本書『虚数はなぜ人を惑わせるのか』(竹内薫著、朝日新書)は数学アレルギーに悩んだ青春を送った人たちに贈るわかりやすい数学の入門書だ。著者は猫好きのサイエンス作家、竹内薫さん。東大物理学科を卒業し、カナダの名門大学に留学、理学博士の学位を持ちながら、自然科学の啓蒙に活躍している。
シュレ猫というのは量子力学の世界で有名な「シュレディンガーの猫」をもじったキャラクター。これはオーストリアの理論物理学者シュレディンガーが20世紀初めに提唱した思考実験で、箱の中に入れた猫が生きているとも死んでいるともわからない重なり合った状態になっていることを意味している。
虚数というのは確かにとらえどころのない概念だ。著者も「虚数は、その存在そのものに違和感を抱く人が少なくないようです。虚数は虚構の数字と読めて、英語で言えばimaginary number、つまり想像上の数ですから、存在しない数のように思う人がいるのも当然かもしれません」。
なるほどと思わせて、どんでん返しするのが著者の得意技のようだ。「ここでみなさんに衝撃の事実をお伝えしましょう。虚数なんていらないと思っている方には大変申し訳ないのですが、もし世界から虚数が消えたなら、パソコンもスマホもタブレットも、さらには半導体を使っているエレクトロニクス製品もことごとく消えてしまいます。なぜなら半導体(=半分導体で半分絶縁体の材料)の電子のエネルギーは、量子力学の計算で設計されて決まってくるものであり、量子力学の方程式には『虚数が入っている』からです! ええと、虚数がない→量子力学がない→半導体がつくれない→パソコンもスマホもなくなる、という流れです」。
意外に思って読み進んでいくと、現代物理学や数学の最新の流れに誘導されていく巧みな仕掛けだ。といっても物理学や数学の知識はまったく必要ないので安心だ。数学にしても小学校算数の教科書の内容をもとに段階的に進んでいくので、つまずきを心配することはない。教科書の内容を下敷きにあっという間に、数は実数と虚数、実数は有理数と無理数、有理数は整数と分数、整数は自然数と0、負の整数、分数は有限小数と循環小数に分類できることをわかりやすく説明してくれる。実数と虚数の組であらわされる数は複素数と呼ばれている。
そういえば遠い昔の中学や高校の数学の授業でそんなことを習ったなと懐かしく思い出していくうちに、竹内先生は「世界一美しい数式」というオイラーの等式にまで案内してくれる。この等式はeのiπ乗+1=0というもの。eは自然対数の底でネイピアの定数と呼ばれる。iはご存じ虚数の単位だ。なぜ、この数式が世界一美しいかを知りたい方は是非、本書を手にとって読んでいただきたい。
オイラーがどういう数学者だったかはシュレ猫のコラムが生い立ちや業績をわかりやすく説明してくれる。シュレ猫のコラムは全体で11あるので、ちょっと疲れてきた頭を休めるのにはちょうどいい。
このペースで、最後はホーキング博士の提唱した「虚時間の宇宙」まで説明してしまうわけだから、著者の剛腕ぶりには感心するよりほかない。
さいごに著者はこういう。「読者のみなさんの周囲にもいませんか? ほら、最初はちょっと付き合いにくい印象があったけれど、深く付き合ってみたら、実にいい奴で、機転が利いて、気がついたら親友になっていた。虚数って、なんだか、そんな存在のような気がするのです」。
本当にそうかなと思う人はだまされたつもりで、読んでみてほしい。裏切られる人は少ないはずだ。200頁足らずの小著ながら、読書案内や参考文献もあってなかなか親切だ(参考文献には原著も含まれていてハードだ)。
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