読むべき本、見逃していない?

「人間不合格」の直木賞作家はなぜタイで出家したか

  • 書名 出家への道
  • サブタイトル苦の果てに出逢ったタイ仏教
  • 監修・編集・著者名プラ・アキラ・アマロー(笹倉明) 著
  • 出版社名幻冬舎
  • 出版年月日2019年11月30日
  • 定価本体780円+税
  • 判型・ページ数新書判・205ページ
  • ISBN9784344985780

 タイには日本で食い詰めた、あるいは事情があって逃亡した日本人が大勢いるという。ひと月数万円あれば暮らしていける生活費の安さが「訳アリ」の人たちを引き付けている。だが、そこでも立ち行かなくなったら、どうするのか?

転落の人生を正直に告白

 本書『出家への道』(幻冬舎新書)の著者はプラ・アキラ・アマローさん。俗名を笹倉明という。直木賞作家がタイで出家したと、朝日新聞の「ひと」欄でも少し前に紹介され、話題になった。我欲におぼれ、愚行を重ねてきた著者が、そのてんまつを綴った異色の本だ。

 タイ仏教の出家式について書いた章と笹倉さんが人生を回顧した章が交互に登場する構成になっている。出家式に関心のある人は、そこだけ読めばタイ仏教への理解が深まるだろう。しかし、圧倒的に面白いのは、笹倉さんが自分や家族について赤裸々に描いた各章だ。作家がここまで自己の「転落」を正直に書いた本はかつてあっただろうか。

 1948年兵庫県に生まれ、中高一貫のミッションスクールを卒業、早稲田大学第一文学部文芸科に在学中、作家を志した。1980年、学生時代の長旅を題材に書いた『海を越えた者たち』(すばる文学賞佳作)でデビューしたが、壁に突き当たった。苦節の中で、その場限りの作品を書く日々。そこに光が差した。

 かつて難民の救済活動を共にした弁護士から膨大な裁判記録を入手、小説にしようと決意した。それまでの仕事を切り捨て、親に1年間だけ生活費の援助を願い出た。37歳の愚息のスネかじりだった。

裁判資料をもとに2つの受賞作

 書き上げた『漂流裁判』は、サントリーミステリー大賞を受賞、翌89年には、やはり弁護士からの資料をもとに書いた『遠い国からの殺人者』が第101回直木賞を受賞、次々と新聞連載小説の依頼もあり、いきなり「売れっ子」となった。

 甘い言葉で近づいてくる者も多く、いくつかの失敗談も披露している。しかし、作家としてその後伸びなかったのは、場当たり的なテーマで書き継いできたこと、常に危機感を抱いて新しいジャンルを切り開かなかったこと、己の不勉強ゆえだった、と書いている。

 静岡県・西伊豆を舞台にした5作目の新聞小説『人びとの岬』が完結、土肥町(現・伊豆市)に笹倉さんが命名した「旅人岬」の文学碑が建ったのが、最後の華だった。なかなか書籍化する版元が見つからず、次のテーマが思い浮かばなかった頃、その後の「転落」へと導く話がもちかけられる。

『雪国』にあやかろうとして失敗

 新潟県・越後湯沢のある旅館の女将からの要請で、川端康成の『雪国』にあやかり、『新・雪国』を書いてくれないかというものだった。前半は越後湯沢で、後半は同じ新潟の月岡温泉に半年間滞在し、長編を仕上げた。女将たちの評判もまずまずで本にもなったが、さっぱり売れなかった。そこで思いついたのが映画化だった。

 資金集めの大半を笹倉さんがやらねばならず、旧友や父親から援助を受け、同名の映画は完成した。しかし、当てにしていた文化庁からの助成金はもらえず、興行的にもコケるという失敗に終わった。笹倉さんは、こう振り返っている。

 「本来ならば、もうひと踏ん張りしてモノ書きの本道を行くべきであったのに、そうしなかったのはなぜだったのか。それは、行きづまりを迎えたときに露見したもの、つまり煩悩に対する抵抗力の弱さ、心のスキにつけ込んできたものへの無防備さでした」

 そして2005年、住むところにも困り、タイへ移り住む。ここでも愚行が続く。バンコクが宝飾品の集積地であることからその商売を始めることを考えたり、自動車の排ガスを低減する部品の売り込みを手伝ったり、ゴルフのシニア・プロを目指したりしたが、ことごとく失敗した。移住前後に書いたミステリー小説も売れず、版元からも打ち切りを宣告され、書き手としても死に体となった。親の遺産も食いつぶした。

 アパート裏のコーヒー屋で見かけた仏僧の托鉢の光景が出家への導きとなった。精神性、心のよりどころが欠如していたがゆえに、人生を浮遊してきたのではないかと気づいたのだ。

 そして、出家してしまえば一切の生活費がかからないのも理由の一つだった、と正直に明かしている。

 本書では、出家式の詳細が縷々書かれているが、本稿では省かせていただく。また笹倉さんの破綻に終わった結婚生活ともう一人の女性との出会いや子どもたちについての記述もここでは触れないことにする。

 2016年、タイ・チェンマイの古寺で出家した。最終章を笹倉さんはこう結んでいる。

 「ある意味で、私にとっての出家とは、幾度か考えた自死に代わるものでした。いわば人生の重い荷を下ろさせてくれるもの、とも言えるでしょうか」
 「早朝の托鉢、ビンタバートから始まる日々は、人間不合格の過去をつぐない、余生に道をつけるための道であるような気がします」

 もしかしたら、笹倉さんは本書によって、モノ書きとしての本分を取り戻したのかもしれない。

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