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100兆年後の世界は、こうなっている

天の川が消える日

 本書『天の川が消える日』(日本評論社)のタイトルを見て、「万物に永遠はないのだから......」などと常識で高をくくっていると、裏切られることになる。それは、銀河天文学で既にスケジュールに上っている事柄なのだ。天体の異変では、オリオン座α星・ベテルギウスの超新星爆発が要観測段階に入っている。それに比べると、天の川消滅は、そこまで差し迫ったものではない、というだけだ。

 著者の谷口さんは、東北大学を出た天文学者だ。東大天文学教育研究センター助手、愛媛大宇宙進化研究センター教授兼センター長などを経て放送大学教授を務める。理工系の学者としては珍しく、テンポのある分かりやすい文章で専門分野を解説することで知られている。

宇宙の拡大は今も続いている

 宇宙はこれまで、どう変遷してきたかをおさらいしておこう。138億年前に"無"から誕生して時間と空間を持った。その直後に宇宙は状態を変えながら急激に膨張(インフレーション)する。インフレーションは、たちまち終わってしまうが、粒子と大きな熱を残す。その熱が元で有名な「ビッグバン」が起き、高温高圧の状態で宇宙はさらに膨張した。一方で、膨張につれて約38万年後には宇宙の温度が下がり、電子と原子核が結合して原子を生成。その後、空間に散乱していた原子などの物質が引力によって集まり天体を形成していった。宇宙の拡大は今も続いていて、しかもその速度は増している。加速度的膨張は1929年にハッブルが突き止めた。

 天の川銀河は、宇宙誕生から2、3億年後に種が生まれ、それを基に長い時間をかけて育ってきた。擁する星は2000億。大きさ10万光年の中心が棒のようになっている棒状渦巻銀河だ。アンドロメダ銀河が天の川銀河の隣にある。大きさはこれも10万光年ほど。両銀河は250万光年しか離れていない。比較のために10万光年を1メートルとすると、2つの銀河は25メートルしか離れていないことになる。宇宙ではとても近い距離だ。谷口さんの説明によると、実はこの2つが衝突することが分かっているという。

銀河同士の引力が宇宙膨張の力を上回っている

 宇宙は今も膨張しているはずなのに、なぜ――と思うかもしれない。計算すれば秒速54キロメートルで遠ざかることになるはずなのに、観測では秒速300キロメートルの猛スピードで近づいていた。銀河同士の引力が宇宙膨張の力を上回っていたのだ。 だから衝突するのだ。その衝突の模様も、谷口さんは説明する。

 「2つの銀河は40億年後に最初の衝突を経験する......(しかし)そのとき一挙に1つの銀河になるわけではない。(星の密度が双方ともに薄いため、星々がぶつかることなく)いったん、お互いをすり抜けてしまう......が、強い重力のおかげで再び衝突する。もう1回すり抜けるが、3回目の衝突で2つの銀河は1つの巨大な銀河に姿を変えていく......(その後、30億年、今から)70億年後には、合体の痕跡もあらかた消えてしまう」

 太陽の寿命は約100億年。あと50億年ある。銀河衝突を経て70億年後には地球、太陽、天の川はなくなっている。そんなことはお構いなしに、宇宙の膨張は快調に続く。1000億年後。隣の銀河は何1つ見えない宇宙になっている。銀河の遠ざかる速度が光速を超えるからだ。宇宙観測も不可能になる。100兆年後。すべての星の核融合が終わって、輝く星がなくなる。生命の存在する余地もなくなる。宇宙の変遷はまだまだ続くが、宇宙の一生は途方もない長い時間にわたる。それに比して天の川が見られるのは、ほんの一瞬に過ぎない。天の川を見て美しいと思えるのは、よほどの幸せ者なのだ。

「天の川は佐渡の方角には横たわらない」

 荒海や佐渡によこたふ天河

 本書は芭蕉の句で始まる。風流な始まり方ではある。しかし、1689(元禄2)年7月4日(現代の8月18日)に新潟県出雲崎で詠んだとされるが、その時期、「天の川は佐渡の方角には横たわらない」と指摘。自然科学の世界へと読者を引っ張っていく。銀河の観察の歴史、銀河の成り立ち、銀河に作用する力と解説して、銀河衝突のテーマにつなぐ。初等の物理の知識があれば追うことができるようにもなっている。

 星空でも眺めて憂さを晴らせ――。そう言って慰められたことがあるかもしれない。憂き世に疲れた人に、本書は一服の清涼剤になる。しかし、この本にはもっと他に読んでもらいたい人がいる。なりふり構わぬ権力闘争や果てしない金儲けに血道を上げる人たちだ。きっと、ためになる。織姫と牽牛。先人たちが天の川に神話を重ねた七夕(旧暦)は8月17日だ。

 谷口さんの類書には、『宇宙進化の謎―暗黒物質の正体に迫る』(ブルーバックス)『マンガでわかる宇宙「超」入門』(サイエンス・アイ新書) 『銀河の育ち方―宇宙の果てに潜む若き銀河の謎』(地人書館)などがある。

BOOKウォッチ編集部 森永流)
  • 書名 天の川が消える日
  • 監修・編集・著者名谷口 義明 著
  • 出版社名日本評論社
  • 出版年月日2018年6月18日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・192ページ
  • ISBN9784535788572
 

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