マルタ・アルゲリッチとマウリツィオ・ポリーニ。誰もが認める20世紀のピアノの巨匠だ。ホロヴィッツやリヒテル、グルダ、グールド、ミケランジェリが亡くなり、存命するのは彼ら2人になってしまったんだな――。そんな感慨を持ちながら読み進めた。
本書『アルゲリッチとポリーニ』(光文社新書)は、この2人を縦糸に、ピアニストや指揮者など音楽家がからむ評伝である。それぞれの半生の足どりに当時のクラシック音楽シーンが再現されている。
書いたのは本間ひろむさんだ。1962年生まれ、大阪芸大文芸学科中退の評論家で専門はクラシック音楽評論。映画批評やラジオパーソナリティーも手掛けるので、そちらの方面で知る人も多いかもしれない。
縦糸が2人だとは言っても、本間さんはアルゲリッチに比重を置いている。2人はともにミケランジェリに師事していて、そのエピソードの記述でも濃淡がはっきりと分かる。
ポリーニは18歳で60年のショパンコンクール優勝。その直後に雲隠れする。ミラノ大学で物理学と美学を学び、"正確なテクニックとコントロールを持つ"ミケランジェリの門を叩く。
響きの美しさ? 変幻自在なタッチ? それともアルゲリッチのような華麗な演奏? ポリーニは自分に何かが足りないと思っていたのだろう。「ぼくを救えるのは、あなたしかいない」と手紙を出した。そしてボルツァーノのミケランジェリの自宅でレッスンを受けた後、短期間だったがモンカリエリの別荘で他の弟子たちと暮らした。
別荘にはそのころ、既にピアニストとしてのキャリアをスタートさせていたアルゲリッチもいた。初めてアルゲリッチに会ったミケランジェリはこれまでに就いた先生について訊ねその名前を聞くと「立派なコレクションだ」と皮肉を言った。それでも、すぐにミケランジェリ先生のお気に入りになった。ミケランジェリはアルゲリッチの演奏を聴いて彼女をクラスの最後に行うコンサートに出演させることを決めたのだ。
それからがちょっと変わっている。レッスンをしてもらおうとアルゲリッチが追いかけまわし、捕まるとミケランジェリはフェラーリに乗せて猛スピードでドライブした。......結局1年半の間に2人の間で行われたレッスンはわずか4回。教えることはほとんどなかったのだ。
その後、アルゲリッチがホロヴィッツに夢中になっていることにミケランジェリが嫉妬したことや、別荘でレッスンしていたレッスン生たちが聴いていたアルゲリッチ演奏のレコードを、ミケランジェリが自分の演奏だと勘違いしたエピソードが紹介されている。ポリーニファンは、この濃淡はさぞかし堪えられないだろう。本書では完璧なテクニックの持ち主として語られるが、アルゲリッチの実演奏ではミスタッチも多いのだ。
本書は、以上のように幼少期から2人の子供たちの現在まで4章に亘って構成されている。
印象に残った事実にも触れておきたい。それは2人がともに社会主義と関係が深いことだ。ポリーニは自身が社会主義者、アルゲリッチも社会主義者の母親に育てられた。
保守層のファンが多いクラシック音楽で、その担い手、それも巨匠と言ってもいい2人だ。この対照にはちょっと驚かされた。活動家と言うほどではなく、今風に言えば「リベラル」。戦中生まれの2人だから戦後民主主義に育てられたためか、詳しくは触れられていない。
評者はLPで2人の録音を聞いたのが最初だ。その後CDに変わって、クラシックを避けるようになった。CD特有の音程の不確かさ(サンプリング周波数の設定で機構的に避けられない)があったからだが、10年ほど前からのハイレゾ化で音程も安定するようになり、鑑賞を再開している。
本書は、同じような理由でクラシックから遠ざかっている人には、巨匠たちを再評価するための格好の導きになるのではないかと思う。
本間さんには『3日でクラシック好きになる本』(KKベストセラーズ)、『ユダヤ人とクラシック音楽』(光文社新書)、『ピアニストの名盤』(平凡社新書)などがある。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?