同じテーマの類書はいくつかあるようだ。そのなかで本書『カラー版 敗者の日本史――消えた名家・名門の運命』(宝島社新書)の最大の売りは「カラー版」というところだろう。地図や絵画、写真などがカラーで多数収録されている。文字も大きいので、高齢者にも読みやすい。2015~16年に出版された『敗者の日本史 1・2』(洋泉社)を再構成した改訂版だ。興味のある所だけ、拾い読みすることもできる。
日本史の「敗者」をテーマにしたものとしては、吉川弘文館の『敗者の日本史』シリーズが有名だ。全20巻が2015年に完結している。ほかにもいろいろある。歴史関係の雑誌企画としても見かける気がする。
本書の著者は「敗者の歴史研究会」。名前から見て匿名の日本史に詳しいライター集団かと思ったら、そうではなかった。巻末にメンバー6人のリストが出ている。佐藤長門・國學院大學文学部教授ら大学で日本史を教えている人が多い。参考文献として列挙されている本も、『姓氏家系大辞典』(全三巻、角川書店)、『国史大辞典』(全十五巻、吉川弘文館)、『群書系図部集』(全七冊、続群書類従完成会刊)など専門家向けが並んでいる。一般向けの新書とはいえ、アカデミックなチームが手堅くまとめた一冊といえそうだ。
全体は、「第一章 なぜあの古代豪族は消えたのか」、「第2章 なぜあの武家は敗れ去ったのか」、「第3章 なぜあの皇族・貴族は消えたのか」、「第4章 戦国時代に滅亡した武家32」という構成。4章ではさらに「信長時代」「秀吉時代」「家康時代」に区分して消えた武家を解説している。各章の執筆者の名前も明示されている。
「歴史は勝者がつくる」といわれる。しかし、いうまでもなく勝者がいれば必ず敗者がいる。あの名家・名門はなぜ歴史の表舞台から消えたのか? その後、どんな運命をたどったのか? それを知ることで、歴史のもうひとつの"真実"が見えてくるはず――というのが本書のコンセプトだ。
冒頭企画は、色鮮やかな「屏風絵にみる敗者たちの最期」。いくつかの有名な絵画が登場する。最初に出てくるのは「保元合戦図屏風」。敗れた崇徳上皇は讃岐に流され、藤原頼長は戦死した。続いて掲載されているのは、「平家物語絵巻」の「先帝御入水」。安徳天皇を抱いて入水しようとする二位の尼の姿が描かれている。「関ケ原合戦図屏風」も紹介されている。横長の画面に合戦模様が細密に再現されている。石田三成や小西行長は捕縛され、六条河原で処刑、宇喜多秀家は八丈島に流罪になった。続いて「大坂夏の陣図屏風」。ここでも名将たちが戦死や自害。
本書の「第1章」では、大伴氏、物部氏、蘇我氏、葛城氏など。「第2章」では、平氏、大内氏、織田氏、豊臣氏など。「第3章」では、上宮王家、菅原氏など。「第4章」では、今川家、小西家などが取り上げられている。
織田氏について本書は、「信長の最盛期は、皮肉にも本能寺の変の直前であったのではなかろうか」と記す。しかし、よく知られているように一瞬のうちに運命は暗転する。本能寺の変は、「信長一世一代の不覚、大きな油断であったろう」「嫡男信忠までもが落命したことが、織田氏の天下を夢物語にしてしまったといえる」と分析する。
次男などは残ったが、その後の織田家は、急速に勢力を増大した秀吉にのみ込まれてしまう。しかし、その豊臣家も、関ケ原の戦いを経て大坂夏の陣で滅亡する。かすかに、秀吉の正室「おね」の実家の系統が残っただけだった。
栄華を誇った信長、秀吉のあっけない最期を知る徳川家康は、「徳川家」の存続にことのほか執心した。BOOKウォッチで紹介した『徳川家康の神格化』(平凡社)に詳しく出ていた。生前の家康は、平安時代を通じて長く権勢を誇った藤原氏を高く評価していた。徳川家もその先例にならいたいという思いが強かったようだ。死後に日光東照宮に祀られ、「神」になる。
先例として、秀吉も「豊国大明神」として祀られていた。しかし、1615年に豊臣家が滅亡すると、徳川家康の意向により後水尾天皇の勅許を得て豊国大明神の神号は剥奪される。豊国神社も徳川幕府により事実上廃絶された。家康は豊臣再興の芽を徹底的につぶしたといえる。徳川の時代は265年間も続いたが、明治維新で歴史の主役の座から退く。日本の歴史はまさに「敗者」だらけだ。
戦国の世では勝てば官軍だった。災禍は下々にまで及んだ。BOOKウォッチで紹介した『飢餓と戦争の戦国を行く』(吉川弘文館)によると、戦場ではレイプが横行し、「ひとさらい」「身ぐるみ剥ぎ取り」があたりまえ。敗者の側から大量の「奴隷」が生まれ、海外にまで売り飛ばされる。そこには「私たちが慣れ親しんできた、華やかな戦国大名の合戦物語とはまるで違う、悲惨な戦争の実情」があったと同書は強調する。たしかにそうした裏面は「大河ドラマ」ではあまり描かれない。戦乱での婦女暴行は戊辰戦争や西南の役でも続いたという。
BOOKウォッチではほかにもいくつもの関連書を紹介している。『皇子たちの悲劇――皇位継承の日本古代史』(角川選書)は、古代から中世にかけての皇位継承をめぐる熾烈な争いをたどっている。権謀術数が渦巻き、非業の死を遂げた皇子だらけだ。『公家源氏――王権を支えた名族』 (中公新書)は、天皇家の末裔も臣籍降下などで四世になると、歴史の表舞台から消えていくと指摘していた。
平安時代に京や畿内に住んでいた氏族の名前を記した『新撰姓氏録』という人名録がある。『渡来人と帰化人』(角川選書)によると、全体の約30%が中国や朝鮮をルーツとする人たちだった。『戸籍が語る古代の家族』(吉川弘文館)は、8世紀初頭の日本の人口は約450万人で、そのうち奴婢が約20万人と見られることを新史料から推定している。
ちなみに、どんな名門・名家でも近年、新たな問題に直面している。「跡継ぎ」だ。『近代皇室の社会史』(吉川弘文館)によると、明治中期までの上流階層では、「側室」を持つことが、「家」存続戦略として当然視されていた。しかし、明治後期から皇族でもそうした前近代的な慣行はなくなっている。
上記のように歴史を長いスパンでさかのぼれば、私たちの遠い先祖も名門・名家だったのかもしれないし、その逆かもしれない。いずれにしろ一つだけ、はっきりしていることがある。『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)によると、私たちは、過去に繰り返されてきた感染症の大流行から生き残った「幸運な先祖」の子孫だというのだ。家系などとは別に、ご先祖のパワーを感じる。同書は同時に、「私たちが忘れていたのは、いま感染症の原因となる微生物も『幸運な先祖の子孫』だということだ」との注意も喚起していた。
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