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葛飾北斎は「疫病退治」の大作を描いていた!

日本美術の底力

 近年、日本美術の展覧会が大変なにぎわいを見せるようになっている。伊藤若冲ブームはその最たるものだろう。本書『日本美術の底力――「縄文×弥生」で解き明かす 』(NHK出版新書)は、日本の焼き物や絵画に見られる特性を「縄文」「弥生」というキーワードで区分しながらわかりやすく解説する。

ゴッホやルノワールに負けない

 著者の山下裕二さんは、1958年生まれの美術史家。明治学院大学文学部芸術学科教授。東京大学大学院修了。室町時代の水墨画の研究を起点に、縄文から現代まで幅広く日本美術を論じるほか、講演、展覧会プロデュースなど幅広く活躍している。著書に『未来の国宝・MY国宝』(小学館)、『日本美術の20世紀』(晶文社)、『岡本太郎宣言』(平凡社)、赤瀬川原平氏との共著に『日本美術応援団』(ちくま文庫)など。

 本書は、以下の構成。

 序章 日本美術の逆襲
 第1章 なぜ独創的な絵師が締め出されたか
 第2章 「ジャパン・オリジナル」の源流を探る
 第3章 「縄文」から日本美術を見る
 第4章 「弥生」から日本美術を見る
 第5章 いかに日本美術は進化してきたか
 終章 日本美術の底力とは何か

 かつて日本美術の展覧会は、ゴッホやルノワールなど泰西名画の大展覧会に比べると、客の入りが少なかった。それを様変わりさせるきっかけになったのは、2000年に京都国立博物館で開催された特別展「没後200年 若冲」だという。評判がインターネットの口コミでも広がり、予想の約3倍、9万人の入場者を集めた。さらに06年から1年がかりで全国巡回した「プライスコレクション 若冲と江戸絵画」展は東京国立博物館で約30万人、全国で約100万人を集める。16年の若冲生誕300年の節目に東京都美術館で開かれた「生誕300年記念 若冲」展では約1か月の期間中に約45万人が詰めかけた。海外でもあちこちの有名な美術館で若冲展が開かれるようになった。

『奇想の系譜』がよみがえった

 この若冲人気に引っ張られるかのように、雪舟、葛飾北斎、円山応挙、狩野永徳などのビッグネームだけでなく、新たに曾我蕭白、長沢芦雪、鈴木其一、河鍋暁斎など、それまで一般にはあまり知られていなかった絵師たちの単独展も開かれるようになる。「第二の若冲」探しといえるかもしれない。

 山下さんの大学時代の恩師は、美術史家の辻惟雄氏。江戸時代の特異な絵師に光を当てた『奇想の系譜』(美術出版社)の著者として知られる。1970年に刊行された同書ですでに若冲、蕭白、芦雪、歌川国芳らを多数の図版入りで紹介していた。当時はアングラにスポットが当たった時代。同じような要素を持つ作家たちということで、一部の文化関係者の間では注目されたが、再版まで2年かかっている。その後、しばらくして絶版。88年に別な出版社から再び出て、2004年には筑摩書房から文庫化、こちらはすでに23刷を超えるロングセラーになっている。

 同書で取り上げられた絵師たちは、1901年刊行の、日本美術史の大枠を決定したとされる『稿本日本帝国美術略史』では概して評価が低かったという。蕭白に至っては「殆ど奇に過ぎて妖怪にも類せり」と酷評されていた。山下さんは恩師の先見性を改めて称賛する。

 「辻先生は、日本美術史の深海に沈潜していた彼らを正史に編み込むべく『奇想』という新たな系譜を提示し、その異才と革新性を世に知らしめたのです」

「縄文的原型と弥生的原型」

 奇妙な形をした埴輪や土器などが多い縄文の造形を、戦後になって肯定的に評価したのは岡本太郎だという。1952年に「縄文土器論」を発表、「このダイナミックな造形こそが日本の美の源泉」と論じた。これに刺激を受け、先の辻氏も江戸時代の奇想という豊かな水脈を掘り当てたという。それまでのアカデミズムは、上品な弥生的な美に偏向・執着してきた。

 本書では哲学者の谷川徹三さんの論考も紹介している。1969年の論文「縄文的原型と弥生的原型」だ。縄文と弥生、両時代の土器に示されている美の形を「日本の美の原型」と捉え、二つの原型は「日本文化の性格を形づくる核」であり、それは現代にいたる「日本の美の系譜の中にずっと跡づけられ、今もなお大きな意味をもっている」と指摘しているそうだ。縄文は「動的」「有機的」「怪奇的」「装飾性」、弥生は「静的」「無機的」「優美」「機能性」などの特徴で構成されているとする。

 本書で山下さんは、縄文という概念や時代区分が定着したのは、実は終戦を迎えて以降のことだと強調している。『古事記』や『日本書紀』に基づく戦前の歴史観では、古墳時代より前は、いわば「神話」の時代。その時代の遺物として出土したものは、先住民族の手によるもので、天孫降臨を起源とする大和民族の作ではありえない――ということになり、戦前のアカデミズムは縄文の造形を「ジャパン・オリジナル」と認知できなかったと見ている。

「涙が出るほど美しい」

 山下さんは、縄文が冷遇されてきたのは、外国人の評価が影響しているとも指摘している。代表格がドイツの建築家ブルーノ・タウト。1933年に来日した彼は、簡素な桂離宮を「涙が出るほど美しい」と激賞したことで有名だ。一方でほぼ同時代につくられた東照宮については「権力を誇示するだけの俗悪な建築」と切り捨てた。

 日光東照宮は1636年に徳川家光が祖父・家康を崇めるためにつくった。デコラティブで煌びやか。「縄文的建築美の代表選手」と山下さん。桂離宮は、17世紀前半から数十年がかりで皇族がつくった別荘。本書の枠組みでいえば、弥生的な「侘び寂び」を体現しているといえる。

 この辺りの比較を読みながら、評者は別のことを考えた。桂離宮は天皇家、東照宮は徳川家と縁が深い。江戸時代には人気があった「奇想の画家」たちの評価が、明治になって落ち、その後も縄文的な造形が冷遇された背景には、明治維新を境にした「菊vs葵」の力関係の激変事情もあるのではないかと。戊辰戦争の最中に、一部討幕派が東照宮を焼き討ちにしようとしたのは有名な話だ。

 本書には国宝、重文を含む傑作61点がオールカラーで収載されている。新書本だが、手軽にヴィジュアルも楽しめる構成になっている。新型コロナで有力な美術館、博物館は長期でお休み状態だが、再開した時に備えて、読んでおくとためになる。

国芳、暁斎らにも疫病作品

 ところで、もう一つ評者が想起したのは、疫病との関係だ。「奇想」は日本の絵師たちの専売特許ではない。15~16世紀のヒエロニムス・ボスやブリューゲルにも気持ちの悪い作品が少なくない。背景にはヨーロッパを震撼させたペストなど疫病流行の記憶があったといわれる。江戸の奇想の画家たちはどうだったのか。

 江戸時代は長期間、対外戦争や内戦はなかったものの、疫病には苦しんだ。多種多様な感染症が頻発し、大量死が相次いでいる。そう思って調べてみたら、国芳、暁斎らはちゃんと「疫病」がらみの作品を描いていたことが分かった。さすがだ。

 中でもすごいのは、北斎だ。晩年最大級の傑作とされる大絵馬に「須佐之男命厄神退治之図」がある。15体の様々な厄神がひざまずき、今後悪さをしないように証文を取られているところが描かれている。それぞれの厄神がどのような感染症の疫病神なのか、調べた研究もある。276センチ×126センチという大作だ。関東大震災で焼失したが、残されていた写真などを基に凸版印刷が2016年にデジタル技術で原寸大復元した。すみだ北斎美術館に常設展示されている。

 北斎の最晩年の肉筆画「弘法大師修法図」(西新井大師蔵)も疫病関連。こちらも240センチ×150センチの大作だ。弘法大師がその法力を持って鬼(厄難)を調伏する様子が描かれている。近年再発見された作品らしい。北斎ならではの大胆な構図。おどろおどろしさに満ちている。

 BOOKウォッチでは関連して、『美意識の値段』 (集英社新書)、『私の美術漫歩--広告からアートへ、民から官へ』(生活の友社)、『時の余白に 続』(みすず書房)、「國華」(朝日新聞出版)、『徳川家康の神格化』(平凡社)などのほか、すぐれた日本美術の技法的な秘密に科学の眼で迫った『文化財分析』(共立出版)も紹介している。同書では、若冲作品や高松塚古墳壁画などに使われている超絶テクニックが詳しく分析されている。

  • 書名 日本美術の底力
  • サブタイトル「縄文×弥生」で解き明かす
  • 監修・編集・著者名山下裕二 著
  • 出版社名NHK出版
  • 出版年月日2020年4月10日
  • 定価本体1200円+税
  • 判型・ページ数新書判・217ページ
  • ISBN9784140886199
 

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