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人間を捕食する謎の存在に立ち向かうSF大作

絶対猫から動かない

 1977年、都立井草高校在学中に、「あたしの中の......」で、デビューした日本SF界のレジェンド・新井素子。1980年に上梓した初期長編『いつか猫になる日まで』は、きわめて普通の大学生たちが宇宙戦争に巻き込まれ、果ては神様に喧嘩を売りに行くという話だった。新井さんは立教大学文学部ドイツ文学科を卒業、作家となったが、「天才少女」のイメージは今も残っている。それから40年、50代の登場人物による『いつ猫』とでも言うべき作品が、本書『絶対猫から動かない』(株式会社KADOKAWA)である。

人間の生気を喰らういきもの

 主人公の一人、56歳の大原夢路は両親の介護のため、校正者の仕事を辞め、現在無職。さらには認知症になった義父母の存在が重くのしかかり、ストレスフルな毎日を送っている。気晴らしに親友と展覧会に出かけた帰り、地震で地下鉄が緊急停止する。すぐに動き出したが、以来奇妙な夢を見るようになる。

 地震で止まった地下鉄の中に閉じ込め続けられるのだ。親友の冬美と、袖振り合った見知らぬ人たちと、そしてもうひとり、人間の生気を喰らういきもの、「三春ちゃん」と。

変わらぬ饒舌文体

 99年に『チグリスとユーフラテス』で第20回日本SF大賞を受賞し、いまや大家の趣がある新井さんだが、本作でも語り口はデビュー当時の饒舌さが変わらない。夢路については、こんな感じだ。

 「さて、自己紹介いきます。あたしは、大原夢路という。只今五十六。そんでもって、あたしの隣に座っている関口冬美は、幼稚園からのあたしの友達。なんとまあ、幼稚園、小学校、中学校、高校が一緒っていう"幼なじみにも程があろう"っていう友達。当然、おない年」

 地下鉄の車内に居合わせたのは、54歳の総務部次長、氷川稔。61歳の定年退職後は趣味の囲碁を楽しみにしている男、村雨大河。バスケ部の女子中学生12人を引率している女性教師、佐川逸美。その後、生徒の一人が心不全で急に亡くなり、不安に襲われる。

連帯する人々

 彼らは同じ夢を共有していることがわかってくる。そして現実世界でも連絡を取り合い、共同歩調を取る。

 本作は2017年から19年まで雑誌に連載されたから、今回のコロナ禍以前に書かれたものだ。だが、こんな描写に背筋がひやりとした。

 「いや、だから、この病気はこの季節に流行るとか、なんかそんなの。昔はそーゆーのがけっこうあったらしいんだけれど、それが今はまったくなくなっちゃって、いつ、どんな病気が流行るのか、まったく判らなくなっちゃって」

 人間の生気を喰らう、謎めいた「三春ちゃん」は、目に見えないウイルスのような存在に感じられた。

 昔、感染症は鬼や妖怪のように思われ、人々は祈禱やまじないをして難を逃れようとしたという。そうした風習は世界各地に今も残っている。

 本書にも「呪術師」という言葉が出てきて、思いがけない展開を迎える。

平和な日常を取り戻すために

 連帯し始めた登場人物たちが憧れるのは猫のごとき平和な日常。いつか手にしたら、絶対そこから動いてなんかやるものか。だから「絶対猫から動かない」。

 日常を取り戻すための戦い......。SFで描かれていた世界が、いま我々の現実となっている。カミュが『ペスト』で提示したものを、新井さんは本書で先験的に示したのかもしれない。SFって凄い。

 と同時に、両親の介護、発達障害の子供と向き合う難しさ、自身の老後の不安など、「いま」を生きる我々のリアルな悩みも織り込まれた「ふつうの大人」の冒険小説でもある。2段組本文640ページの圧倒的な大作が、いま刊行されたのは、ひとつの"事件"だ。

 BOOKウォッチでは、小松左京のSF『復活の日』のほか、『世界史を変えた13の病』、『感染症の世界史』など、感染症関連の本を多数紹介済みだ。

  
  • 書名 絶対猫から動かない
  • 監修・編集・著者名新井素子 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2020年3月28日
  • 定価本体2200円+税
  • 判型・ページ数四六変形判・646ページ
  • ISBN9784041088234

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