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がんになる前に読んでおこう

がんを疑われたら最初に読む本

 タイトルからは、ハウツー本のような感じがするが、読んでみると、骨格のしっかりした内容の濃い本だった。『がんを疑われたら最初に読む本 ――プライマリ・ケア医の立場から』(クロスメディア・パブリッシング)。がんについての最新研究や治療などの状況がわかりやすく解説されている。

生存率が伸びている

 がんについて、多くの読者は次の二つのことをご存じだろう。一つは、日本人の2人に1人はがんになり、3人に1人はがんで死ぬということ。もう一つは年々、がんを宣告されても、生存率が高まっていること。なんとなく相反するデータのように感じるが、本書はそのあたりをきちんと説明する。

 まず後者について。2008年から10年の間にがんと診断された人の5年生存率は67.9パーセント。10年ほど前は61.8 パーセントだったから、かなり伸びている。2002年から5年にがんと診断された人の10年生存率は56.3パーセント。こちらも同じで伸び続けている。「がんサバイバー」という言葉も社会に定着してきた。

 一方で、「2人に1人はがんになる」という数字もちらつく。統計資料によると、男性は約62パーセント、女性は47パーセント。ただし、この数字に過剰反応する必要はないという。本書には年代別のがん罹患リスクの表が掲載されている。それによると、当たり前の話ではあるが、一定の年齢以上になってから罹患の確率が高まる。実際に「2人に1人ががんになる」のは80歳を過ぎてからだ。

 かつて死因の上位だったのは、肺炎・結核などの感染症だった。予防接種や抗生物質の普及など医学の進歩で死亡率が減った。結果として、がん・心疾患・脳血管疾患などの「生活習慣病」が上位に浮上した。つまり「3人に1人はがんで死ぬ」ようになったのは、「他の疾患で死ぬ人が少なくなった」からでもある、と本書は指摘する。

「プライマリ・ケア」が大事

 著者の高橋基文さんは医療法人社団二葉会理事長・シティクリニック院長。東邦大学医学部卒業。国立大蔵病院(現国立成育医療研究センター)、東京女子医科大学附属病院を経て、 1989年、東京・五反田駅前にて、シティクリニックを開業。2018年、東京・東新宿駅前クリニックを開設。日本プライマリ・ケア認定医・指導医・評議員。昭和大学医学部客員教授。

 著書に『インターネット医療』(千早書房)などがある。

 本書でしきりに登場するのが、副題にもなっている「プライマリ・ケア」という用語だ。高橋さんによると、イギリスでは患者が最初にかかる医者は自分が契約した「GP(General Practitioner=かかりつけ医)」と決められているそうだ。GPが診断してさらに専門的な治療が必要な場合、各診療科の専門医を紹介するという。このGPの役割がプライマリ・ケアだという。

 残念ながら日本では地域社会と家庭医の関係が薄れ、大病院との区分けがはっきりしない。高橋さんは1970年代からプライマリ・ケアに関心を持ち、腕を磨いてきた。したがって、がんの専門医ではないが、「がんかもしれない」と心配する患者を診る機会が多い。今や、がんになっても生存率が伸びている時代。どのようにして納得のいく治療や人生を重ねていくべきか。患者自身も、情報を収集し自分で判断する必要がある。本書はそのナビゲーションの役目を果たす。

最新研究のエッセンスも紹介

 全体は以下の構成になっている。

 第1章 がんの不安を取り除くには?
 第2章 がんを知る
 第3章 免疫細胞とがん細胞の攻防
 第4章 がんの検査と診断
 第5章 納得できる治療を選ぶために
 第6章 がんを乗り越えるために
 第7章 社会的免疫力を高める

 本書が特に詳しいのは「第2章 がんを知る」と「第3章 免疫細胞とがん細胞の攻防」だ。がんがなぜできるのか、その研究はどこまで進んでいるのか。遺伝子や細胞の話を軸に説明する。まるで、がん専門医の解説を聞いているかのようだ。ノーベル賞を受賞した本庶佑博士の研究や、最近話題の「一滴の血」でがんの部位がわかる研究などについても、理論的に説明されている。講談社のブルーバックスでも読んでいるかのようだ。

 「一滴の血」診断は次のような理屈による。人間の細胞にはマイクロRNAというものがあり、血液中を流れている。がん細胞には、それぞれのがん特有のマイクロRNAがあるので分泌量の変化を検出することで、13種類のがんの早期発見ができる。がん研究が大変なレベルにまで到達していることがわかる。

細胞の老化と関係する

 本書を読んで文系人間の頭にも残ったいくつかのことをピックアップしておきたい。

 ・1980年代ごろから、がんに関係する遺伝子が次々と発見され、「遺伝子変異説」が統一理論として認められるようになった。
 ・変異の確率は細胞が老化するほど高まる。年齢を重ねるほどがんにかかりやすくなる。
 ・体内ではがん細胞と免疫細胞の死闘が続く。
 ・腫瘍が1センチの大きさになるには10年前後かかる。ステージ1の段階で発見すれば、多くのがんは治る確率が高い。
 ・標準治療とは「その時点で最も信頼できる治療」のこと。
 ・がん手術は可能な限り臓器や神経を温存する「縮小手術」の方向に。

 本書では、日進月歩で次々とがんの新しい治療法や検査法が登場していることが報告されている。まさにがんは、医療のホット・ゾーンだということがよくわかる。それにしても、「かかりつけ医」がこれほどがんの最新情報に詳しければ、患者は安心だろう。本書は「がんを疑われたら」というタイトルだが、「がんを疑われる前に」読む価値があると感じた。

 BOOKウォッチでは関連で、『がんと向き合い生きていく』(セブン&アイ出版)、『がんと共に生き、考え、働く』(方丈社)、『病気自慢 からだの履歴書』(世界文化社)、『不死身のひと』(講談社+α新書)、『ガンより怖い薬剤耐性菌』(集英社新書)などを紹介済みだ。

  • 書名 がんを疑われたら最初に読む本
  • サブタイトルプライマリ・ケア医の立場から
  • 監修・編集・著者名高橋基文 著
  • 出版社名クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
  • 出版年月日2020年2月 1日
  • 定価本体1480円+税
  • 判型・ページ数四六判・216ページ
  • ISBN9784295403586
 

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