9回出撃して9回生還した『不死身の特攻兵』(鴻上尚史著)が話題だが、平成の日本でも「不死身」の人がいる。脳梗塞、がん、心臓病などから15回も生還した村串栄一さん(69)だ。
死の淵、絶望のどん底からからなんども這い上がっている。その体験をもとにしたのが本書『不死身のひと』(講談社、2017年7月刊)だ。
村串さんは元東京新聞記者。主に社会部に属して司法キャップ、事件遊軍キャップ、社会部デスクなど事件記者生活が長い。写真部長や北陸本社編集局次長なども務め、編集委員を最後に2013年、退職した。
現役記者のころは元気で入院などしたことがなかった。異変を感じたのは54歳で、管理職として金沢市の北陸中日新聞に単身赴任しているときだ。帰宅して寝ようとするが、午前2時になっても寝つけない。そのうち悪寒が走り、ブルブル震えだした。呼吸も苦しくなって、やっとのことで119番。人生で初めて遭遇した異常事態だ。死ぬんじゃないかと思った。
救急医の見立ては若い女性などに多い過呼吸症候群。いったん快復したかに見えたが、その後もなんとなく不調が続く。吸い込んだ空気が、食道あたりにとどまっている感じなのだ。改めてセカンドオピニオンで会社の産業医を訪ねると、中年以上の過呼吸症候群は、消化器や心臓に起因するケースがあるという。検査の結果、胃や食道にがんが見つかった。これが闘病生活の始まりだった。
その後も、さまざまな病が次々と村串さんに襲い掛かってくる。本書では、その一覧表がエクセルシートで掲載されている。縦軸に西暦、横軸に罹患した月。升目に病名が記されている。食道がん(5回)、胃切除(2/3)、中咽頭がん(3回)、腎臓病、心房粗動、心房細動、下咽頭がん、舌がん(2回)、心原性脳塞栓、白内障...まさに満身創痍だ。
中でも2016年3月30日の脳梗塞は危なかった。相模大野駅のコンビニを出ようとしたときのことだ。突然、身体がぐらりときた。駅員さんに助けられて救急車へ。言葉が出ず、意識を失う。北里大学病院に運び込まれたが、一時は脈拍が20ぐらいまで落ちたという。しかし、手術が成功し、生き返った。
なぜ何度も生還できたのか。よく「強運ですね」といわれるそうだ。村串さんは「早期発見」も強調する。最初の胃がんも、早めの検査でわかった。脳梗塞もすぐに発見され、手当てを受けられたことが幸いした。もちろん運もいい。
村串さんには記者として、『新聞記者は何を見たのか 検察・国税担当』『検察秘録―誰も書けなかった事件の深層』などの著書がある。いずれも「他人の出来事」を書いたノンフィクションだ。自分で自分のことを書くのは恥ずかしいと、本書執筆については尻込みしていた。しかし、「病人を元気づけ、励みになる」と周囲からほだされ、覚悟を決めたそうだ。
全体にきわめて読みやすい文章。ハイライト部分は、再取材も含めて克明に再現されている。自分自身を題材にしたノンフィクション。さすが敏腕記者だと感心した。50歳を過ぎるころから、どんなに健康な人でも思いがけない病を得ることがある。働き盛りのお父さんには一読を勧めたい。
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