こころやからだの調子が悪くて病院に行くとしよう。診察を終えた患者は、医者から薬の処方箋を受け取る。このとき、薬だけではなく、体操や音楽、ボランティアなど、地域のサークル活動を紹介されたらどうだろう? 本書『社会的処方』(学芸出版社)は、こんな書き出しで始まる。
社会的処方とは、医師が処方する薬ではなく、地域のつながりがひとを健康にしていく仕組みだ。地域で暮らす、あなたの活動が誰かの孤独を癒す「お薬」になるかもしれない、と本書は呼び掛けている。
編著者の西智弘さんは、川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター腫瘍内科・緩和ケア内科医師。一方で一般社団法人プラスケアを2017年に立ち上げ代表理事に。「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」を運営している。著書に『緩和ケアの壁にぶつかったら読む本』(中外医学社)、『「残された時間」を告げるとき』(青海社)などがある。
日本の高齢者のうち約30%が「つながりがない」=社会的孤立の状態にあるという。孤立は運動や飲酒の有無、肥満度よりも寿命に大きな影響を及ぼすことも研究でわかってきた。それ以外に認知症や自殺にも影響があることも。
本書は第1章で先進的な取り組みが行われているイギリスの事例を紹介している。イギリスでは2018年1月、孤独担当大臣のポストを新設。民間でも社会的処方にかんする全国的なネットワークが構築され、100以上の社会的処方の仕組みが動いている。
釣りのサークル、ダンスやエクササイズのプログラム、同じ疾患をもつ者同士の語り合いの会など、さまざまな例がある。本書は言葉ではなくアートで対話するアート集団の取り組みを詳しく紹介している。
社会的処方のカナメになるのがリンクワーカーと呼ばれる職種だ。社会的処方をしたい医療者からの依頼を受けて、患者さんや家族に面会し、地域活動とマッチングさせる仕事だ。イギリスでは研修システムと資格の認定を行う「制度」として行われているが、日本では「おっせかいおばさん」的に、まちのみんながかかわる「文化」として定着できないだろうか、と本書は提案している。
そして4つのスキルが「リンクワーカーらしさ」の要素だとしている。
・聴く 「おばちゃん力」で入りこむ ・経験を宝にする どんな経験もだれかの「オモロ」になる ・笑わせる 嬉しい・楽しい・ふるえる ・つなげる おせっかいは大切に
第4章以降では、日本で広がる社会的処方のさまざまな実践例を報告している。へえーと感心することしきりだ。
たとえば、医者が屋台をひいてコーヒーを配る「モバイル屋台de健康カフェ」を行っている兵庫県豊岡市の研修医、守本陽一さん。ふだん健康なんて考えないような人たちと医者が話す機会になっている。「気づいたら、医療について話していた」から始まり、「気づいたら、健康になっていた」という街になれば、と守本さんは書いている。
福井県高浜町には「愛煙家座談会」という取り組みがある。タバコへの熱い思いを語り合ったり、メンバーで登山をしたりという活動の中で、「禁煙」ではなく「喫煙」を通して、それまであまり考えなかった健康を考えるきっかけになり、禁煙に踏み切った人も出てきたという。
このほかにも年齢差のある友人をもつ活動をしている秋田市の「あきた年の差フレンズ部」、高齢者と学生が一つ屋根の下で暮らす次世代下宿「京都ソリデール」、「仕事付き高齢者住宅」を建てた千葉県船橋市の「銀木犀船橋夏見」、本を読まなくてもいいという読書会、川崎市の「こすぎナイトキャンパス」、つらい思いをしている子どもたちに食事を提供する香川県綾歌町の「ばば食堂あんもち部屋」などの例を紹介している。
通読すると、社会的孤立が問題になっているのは、必ずしも高齢者ばかりではないということだ。障がい者、ひきこもりの人、一人ぼっちで食事をする子どもたち......。
市民活動が誰かの役に立つ「薬」になるとすれば、「社会的処方」という難しい言葉を使わずとも、すでに多くの人が実践していることに違いない。
「社会的処方研究所」では、遠隔地の人のためのオンラインコミュニティを用意している。誰かにつながりたいと思っている人はアクセスしてみたらどうだろう。
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