読むべき本、見逃していない?

「表現の自由」よりも「差別禁止」と「国際協調主義」

  • 書名 ヘイト・スピーチと地方自治体
  • サブタイトル共犯にならないために
  • 監修・編集・著者名前田朗 著
  • 出版社名三一書房
  • 出版年月日2019年10月25日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・232ページ
  • ISBN9784380190070

 ひところに比べて「ヘイト」を主目的としたデモなどが下火になっているような気がする。本書『ヘイト・スピーチと地方自治体――共犯にならないために』(三一書房)を読んで、その事情が分かった。関係者の努力によって、いろいろと規制が強まっているのだ。条例を設ける自治体も増えている。最近の動きを手際よくまとめた本書は、地方自治体関係者にとって大いに参考になりそうだ。

国会で「ヘイト・スピーチ解消法」

 先頭を走っている自治体が川崎市だ。コリアンタウンを抱える同市では2013年からヘイト団体によるデモなどが始まった。これに対し「ヘイト・スピーチを許さないかわさき市民ネットワーク」が結成されるなど反対運動も活発になる。川崎市議会は、差別の撤廃に向けたまちづくりの推進を決議し、川崎市は国に対し、ヘイト・スピーチ対策法の整備を要望。16年5月、国会で「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(ヘイト・スピーチ解消法)」が成立した。

 同法はヘイト・スピーチに対処する地方自治体の責務なども明示。東京都、東京の国立市、世田谷区、神戸市など各地でヘイト・スピーチをも念頭に入れた人権条例の制定が続いた。その中でも、際立つのが川崎市だ。2019年6月には「差別のない人権尊重のまちづくり条例案」が公表され、議会審議が行われて12月12日に可決されている。

 この条例の画期的なのは、ヘイト・スピーチを「禁止」し、日本で初めて上限50万円の罰則規定を盛り込んでいることだ。勧告、命令、公表という3段階のステップがあり、「違反行為を行ってはならない」という命令に従わなかった場合、氏名等が公表され、そのうえで罰則適用となる。川崎市が長年、「ヘイトの現場」になってきたこともあって、一段と厳しい条例になったのだろう。

ヘイトの「共犯」になりかねない

 本書はタイトルにもあるように、ヘイト・デモやヘイト集会と、公共施設との関係に力点が置かれている。ヘイト団体に安易に利用を認めると、地方自治体がヘイト・スピーチに協力していることになりかねない。ヘイト・スピーチの「共犯」にならないために自治体はどうすればよいのか? 本書は以下の構成になっている。

 第1章 いま何が問われているか
 第2章 ヘイト・スピーチをめぐる7つの誤解
 第3章 ヘイト・スピーチを許さない7つの根拠
 第4章 ヘイトの共犯にならない7つの対策
 第5章 公の施設利用ガイドライン
 第6章 教育・文化政策のために
 第7章 被害者救済のために

 第4章では全国各地の人権条例のヘイト対策が報告されている。第5章では、施設利用に関するガイドラインが比較されている。第6章では欧州各国の取り組みが紹介されている。日本ではヘイト的な出版物も刊行されているが、欧州で差別的な内容のものは規制されている国が少なくないようだ。また、各国ともヘイト・スピーチを処罰する刑法規定と刑事手続きの運用が整備されているという。

 日本の「ヘイト・スピーチ解消法」は、「ヘイト・スピーチは許されない」としているものの、犯罪化していない。国連人種差別撤廃委員会で同法を報告した時も、「許さないと言うが、どうやって許さないのか。それが書かれていない。違法化も犯罪化もしないというのは、許しているのではないか」と質問が出たそうだ。

 実際、同法には「被害者救済」への言及がない。結局、「被害者」側が提訴、立証しなければならず、負担が大きい。それゆえ、川崎市のように地方自治体が一歩踏み込み、条例で対応せざるを得ない一面があるようだ。

相模原市も川崎市に続く意向

 本書の著者の前田朗さんは1955年生まれ。中央大学法学部、同大学院法学研究科を経て、現在、東京造形大学教授(専攻:刑事人権論、戦争犯罪論)。

 かつては前田さんも「ヘイト・スピーチは表現の自由に関わるので処罰できない」という立場だったという。現在は積極的な規制論者。「スピーチ」というと、言論、すなわち表現にとどまっているように見えるが、実態としては差別の扇動であり、ヘイト・クライム。多数の関係者が被害を受けている。これは表現の自由の濫用であり、日本国憲法の基本精神に反しているから、規制しなければならない、と考えている。

 前田さんは日本国憲法の前文に「諸国民との協和」による「国際協調主義」がうたわれていることを重視している。「ヘイト・スピーチ」とは相いれない理念だ。

 法的なトラブルでは、しばしば大きな理念同士が衝突する。「ヘイト・スピーチ」の「表現の自由」は、憲法の基本理念である「国際協調主義」に勝てないということなのだろう。憲法14条は「法の下に平等」をうたい、「人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない」とある。そのそも「表現の自由」は、他人の名誉やプライバシーを侵害しないことがポイントだ。「公共の福祉」に合致しているかどうかで一定の制約を受けるということは良く知られている。

 本書で分かったのは、日本の「ヘイト・スピーチ解消法」は手ぬるいということ。そこで被害が深刻な川崎市などでは自前でより厳しい条例をつくり規制している、しかし、欧州各国はさらに先を進んでいる、ということだ。今後、川崎市の条例をモデルに自前でのヘイト規制条例を検討する自治体がさらに出てくるかもしれない。すでに神奈川県の相模原市長が、ヘイトへの罰則規定を盛り込む条例を21年度にも制定する意向を表明していることが報じられている。本書は条例の話なので、各自治体関係者はもちろん、今後の動きを追う上で地方のマスコミ関係者にも参考になりそうだ。

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