敗戦後の日本は、荒れた山に植林するとともに、広葉樹林を伐って針葉樹を植える拡大造林政策によって人工林を増やしてきた。そのおかげで、国土の3分の2にあたる約2500万ヘクタール(うち、人工林約1000万ヘクタール)が森林という世界有数の森林国になり、森林資源も年々7000万立方メートルずつ増えている、と林野庁は記している。素晴らしいと素人には思える。
ところが、30年近く林業を見てきた本書『絶望の林業』(新泉社)の筆者は、森林を守り育てる中心であるはずの日本の林業がいまや産業として成り立っていないという。
最大の問題は、国産の木材価格の下落だ。日本の木材価格がピークだったのは1980年で、その後は大きく下落、2017年にはヒノキの中丸太は4分の1、スギ中丸太は3分の1になってしまった。
原因はいろいろあるが、おもな理由は木材資源がどんどん増えている一方、個人所得が落ち、住宅建設が伸びないことだ。そこに阪神・淡路大震災が起き、被害が多かった木造住宅が忌避されるようになった。
日本の最近建てられる戸建て住宅のうち、木造は4割しかない。しかも、そのほとんどは、壁や柱にクロスを張った大壁工法の家で、柱や梁が見える昔ながらの真壁工法の家は全体の1%に減っているという。
評者は1960年代末ごろ、京都・北山を歩き回っていたが、当時は「北山杉磨き丸太は1本で100万、200万するものがざらにある」ときいていた。それらはおもに床柱に使われていた。しかし昨今の住宅の大部分を占める大壁工法の家では、床柱の需要など願うべくもない。
林野庁の資料によれば、山主(森林の所有者)の9割は10ヘクタール未満の森林しか所有しておらず、平均林業所得は11.3万円(2013年)でしかない。キノコ栽培などを含めての話だ。これでは、持続的山林経営はとても無理だ。
そこで、国の補助金が注がれる。ところが、筆者によれば、これが木材価格をゆがめ、ますます山主の生産意欲をそいでいるのだという。
本来、立木価格が安くなれば木材生産は鈍くなり、木材流通量が減り、丸太や製材の価格は上がる――となるはず。ところが、補助金が伐採業者に注がれているため、価格が下がれば余計多く伐って量で稼ごうとする。製材業者もそれを見込んでいるから価格を上げない。市場原理がまともに働かないから、山主の利益は減るばかりとなる。
一方で、日本は、合法とはいいにくい木材を購入していると、海外から厳しい目でみられているという。2018年10月、奈良・興福寺の中金堂が再建された。そこで使われた直径77センチ、長さ10メートルの36本の柱も、疑わしいと筆者は指摘している。木材はカメルーンから輸入されたアフゼリア(アフリカケヤキ)で、現在は伐採禁止になっている。興福寺側は「禁止になる前に購入した」と説明しているが、政情不安だった同国では、十分なガバナンスは期待できず、「グレー木材といって間違いない」という。
林業従事者の安全性も大問題。年収は全産業平均を大きく下回っているのに、林業での労働災害千人率(千人当たりの死傷者の数)は32.9で、全産業平均の15倍近い。そのせいか、就業後、半数が仕事を辞めるのが実態だという。
以上は、本書で取り上げている日本の林業、木材の抱えている問題点のごく一部であり、読めば読むほど、表題通り、絶望的な気持ちになる。
しかし、こうした実態を林業以外の国民も知っておくことは大事だと思う。森林は国土の防災や環境維持に欠かせないからだ。
筆者は、最近、長野県や山梨県などで、里に近い林地が太陽光発電用地として二束三文で外国企業に売られ、近隣住民が反対しているという話をきいている。この本を読んで、これも「絶望の林業」の末路のひとつかと思い至り、暗い気持ちになった。
それにしても、戦後の、食料も金もろくにない時代に、先人たちが必死で植えたスギやヒノキ、カラマツなどが、今、ようやく建材として使える時期を迎えているというのに、何とも残念なことである。
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