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ヴァイキングは角のついた兜をかぶっていなかった!

ヴァイキングの暮らしと文化

 ヴァイキングといえば北欧の海賊。ところが、それは誤って流布しているイメージなのだという。本書『ヴァイキングの暮らしと文化』(白水社)はそんな誤ったイメージの修正を目指した本だ。

 著者のレジス・ボワイエさん(1932~2017)は1970年からパリ第四大学(ソルボンヌ)教授、同大学のスカンディナヴィア言語・文化・文明研究所を主宰。中世北欧文化研究の第一人者。サガ研究や歴史書など著訳書は多数ある。

日本では平安時代の話

 ヴァイキングはおおむね800年ごろから1050年ごろ活躍した。日本で言えば平安時代だ。その活動の起点とされているのは793年6月8日、ブリテン島のノーサンバランド地方(イングランド北東部)の修道院襲撃だ。実際にはそれ以前から活動していたとみられている。

 800年代に入って活発化することになったきっかけはカロリング朝の崩壊。西ヨーロッパをほぼ支配したフランク王国のカール大帝(在位768~814年)は、大胆不敵な略奪者にたいして断固たる対決姿勢を示していた。しかし、その死で統制が緩んでしまった。

 ヴァイキングはデーン人、ノルウェー人、スウェーデン人で構成され、900年ごろからアイスランド人も加わった。商取引と航海術に秀でていた。本書はヴァイキングについて、「ある時は商売をし、ある時は略奪し、盗み、火を放った。またあるときは商品を値切ったり、物々交換をし、人間狩りをおこなった」。その目的は「富を獲得すること」「遠征前よりも裕福になって故郷に戻ること」だったと記す。

 この辺りは一般的なヴァイキング理解に沿ったものといえるが、本書はさらに時代区分をしながらヴァイキングの本質、多彩さや変貌ぶりを報告する。

アジアとも交流

 その中で極めて興味深かったのは、ヴァイキングが海路だけではなく、河川路、陸路も使って広域的に動いていたという指摘である。代表的な河川路は、リガ(現在のラトビア国)から出発し、複雑なロシアの河川や湖沼を経由して黒海の北岸に到達。そこからさらに東ローマ帝国の首都コンスタンチノープルへと至る。ここはアジアとヨーロッパを結ぶ「絹の道」の西端でもある。すなわちヴァイキングは、現在のロシアを北から南まで縦断してアジアともつながる交易者としての力量も持っていたというのだ。ちょこちょことイギリスやフランスなどの沿岸を奇襲するだけの海賊ではなかったことが浮かび上がる。陸路でバグダッドにも到達していたようだ。

 普段は主に農業に勤しみ、時々遠征する。いわば「出稼ぎ」。しかもこうした交易を通じて、各地と濃密なつながりを醸成したという。単に襲撃するだけではなく、各地の優れた技術や風習を取り入れ、そこが移住地として適正かなども瀬踏みしていた。

 ロシアなどにはむしろ「招かれた」のだという。彼らは風貌から「ルーシ」(赤毛)と呼ばれていた。「ロシア」という名はその「ルーシ」に由来しているのだという。

 「角のついた兜をかぶった北欧の海賊」というイメージで語られてきたヴァイキング。実際には兜に角はなく、平時には商人であり農民だった。そもそも「ヴィーキング(ヴァイキング)」という言葉の語源は、海賊ではなく、商業地を点々としながら活動する商人そのものを意味しているのだという。竜頭船も実在しなかった。

西欧社会に取り込まれて消える

 ヴァイキングが11世紀に衰退した理由もわかりやすい。ヴァイキングの船が時代遅れになった、自らの集団がキリスト教化することで西欧社会の中に取り込まれた、さらにスカンジナビア本土で、西欧各国をモデルにした強力な中央権力が形成されたということを挙げている。環境の良い遠征先に定住した元ヴァイキングは、二世代、三世代を経ると、キリスト教徒になり再びヴァイキングにはもどらなかった。

 ヴァイキングの言語は一つ。「古ノルド語」を話していた。彼らの勢力圏や入植先のロシア北部、ダブリン(アイルランド)、ヨーク(イングランド)でも古ノルド語が話され、情報交換は容易だった。彼らの言葉はのちにノルウェー、スウェーデン、デンマーク語に分化したが、現在でもアイスランドでは1000年前の古ノルド語が話されているという。

 「解説」で熊野聰・名古屋大学情報文化学部教授はさらに端的に語っている。ヴァイキングの人たちは「詩を作り、工芸に秀で、医術に通じ、古今東西の森羅万象に通じ、・・・馬にも乗れれば水泳もし、スキーはいうに及ばず、・・・槍と剣をあやつり、帆を張って海に乗り出せば潮の流れも読める」「万能の人ではないが、日曜大工的な意味で何でもこなす」。

 

 確かにこれだけのスキルが備わっていたから、遠征も移住もできたのだろう。彼らが今も、ロマンに満ちた存在としてもてはやされる理由が分かった気がする。全然知らなかったが、イギリスのロックグループ、レッド・ツェッペリンの有名な「移民の歌」はヴァイキングをテーマにしたものらしい。楽曲のヒントは、今も古ノルド語が残るアイスランド公演で得たものだという。音楽の世界では、このほか彼らをイメージしたヴァイキング・メタルというジャンルもある。消えて1000年になるが、彼らは形を変えて生き続けている。

  • 書名 ヴァイキングの暮らしと文化
  • 監修・編集・著者名レジス・ボワイエ 著、熊野聰 監修、持田智子 訳
  • 出版社名白水社
  • 出版年月日2019年11月 8日
  • 定価本体3000円+税
  • 判型・ページ数四六判・334ページ
  • ISBN9784560097410
 

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