高校の日本史、世界史では受験準備として人名や事件名、年号などを暗記する作業に追われる。そのが経験が歴史離れを生む一因ともいわれる。本書『人に話したくなる世界史』(文藝春秋)は、無味乾燥化がちな歴史の世界に生命を吹き込む試みが託された一冊。「母をたずねて三千里」のマルコの旅を題材に、当時の南米移民について述べるなど、数々の出来事について、これまでにない視点からの解釈を提供している。
「母をたずねて三千里」はアニメなどでよく知られている物語。13歳の少年マルコが、イタリアのジェノバからはるばる、南米アルゼンチンのブエノスアイレスにいる母親を訪ねて旅立つところから始まる。イタリアの作家、エドモンド・デ・アミーチスの「クオレ」が原作で、発表されたのは1886年だった。
多くの人は子どものころにこの物語に接して「外国の昔の話」程度の認識で、マルコの旅にハラハラ、ドキドキしながらストーリーに熱中していたのではないだろうか。ところが、もう少しあと、成長してから見直すと、なんでマルコのお母さんは、当時も先進国だったに違
いないイタリアからわざわざ、南米アルゼンチンに行かねばならなかったのかと疑問が浮かぶ。19世紀の欧州各国は、産業革命による工業化が進み急速に経済成長を遂げる。ところが、著者によると、経済成長の恩恵が行きわたらない地域が少なくなく、貧しさを克服できない人たちにとって産業革命は、新天地を求める動きをつくり出す「移民の時代」でもあった。「人口密度が高いヨーロッパで賃金があまり上昇しなかったのに対し、人口密度が低い新大陸では賃金が上昇しやすい傾向があったと思われます」
マルコの父親は診療所を経営していたが、貧しい人を無料で診るなどしていたため借金がかさむ。そこで母親が高賃金を求めてアルゼンチンに渡ったというわけだ。
産業革命そのものも「移民の時代」を後押しした。航海の手段が、それまでの帆船から蒸気船にとって代わったことだ。当時まだすべての面で蒸気船が帆船より優れていたわけはないが、航行の確実性が間違いなく増し、人々の移動も貨物の運搬も飛躍的に進歩することになった。
本書は13章立て。欧州を舞台にしものでは「母をたずねて三千里」をツカミにした「蒸気船の世界史―マルコはなぜブエノスアイレスへ?」のほか、欧州で8世紀末~11世紀中ごろまで商業などで盛んに活動しながら、その歴史的評価が分かれている北方ゲルマン民族の知られざる功績を掘り起こした「ヴァイキングはイスラーム商人と商売していた」、活版印刷の発明により欧州の商慣行がグローバルスタンダードになったことを指摘する「グーテンベルクのもうひとつの『革命』」などが並ぶ。
また、日本の戦国時代、火器を備えて軍事力を強化した織田信長の経済面での先見性を描いた「織田信長『天下取り』を支えたアジア交易圏」では、当時のアジアの海上では実はムスリム商人が席巻していたことを明かしている。
「母をたずねて三千里」から語り起こしたことで、欧州の産業革命や「移民の時代」のことが確かに立体的になったのは印象的。いずれの章も盛りが控えめで食い足りない感じもあるが、各章には、それぞれの章のテーマをさらに深堀りしたい人のためのブックガイドが付されている。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?