北欧の各国は高福祉で知られ、スウェーデンはその代表格。本書『富山は日本のスウェーデン』(集英社)は、富山県が特に福祉政策が進んでいるということではなく、この中で明らかにされた「住みやすさ」を象徴する意味で、書名にスウェーデンを引き合いに出したものだ。「少子高齢化、人口減少、経済の停滞というトリプルパンチが直撃する歴史の転換点に立たされている」なかで、ベストあるいはベターな可能性を探るヒントが同県に隠されているという。
著者の井出英策さんは財政社会学を専門とする経済学博士。東京大学の博士課程を単位取得退学し日本銀行金融研究所、横浜国立大学などを経て、2014年に慶応義塾大学経済学部教授に就いた。政治家ブレーンとしての活動や、著作などを通して財政の健全化について積極的に取り組んでいる。
井出さんが富山県について研究を始めたのは10年以上前。ゼミの学生らと調査合宿で訪れたことがきっかけだった。富山駅前で「車を運転する女性の割合が高いこと」に気付き、このことをきっかけにデータを掘り起こしていくと、同県の経済の大きな支えの一つになっているのは、女性の就労であることがわかってくる。
富山県の人口は約108万人で37番目と下位に属するのだが、一人当たりの県民所得ではグンと順位を上げる(内閣府が2017年5月に発表した14年度のデータは318万5000円で5位)。「さらにおもしろいことに、その順位以上に勤労者世帯の実収入が順位を上げている」と著者。「このことは、家庭のなかに複数の労働者がいる可能性、すなわち、女性が積極的に労働参加している可能性を示唆している」
富山県の女性就業率は全国7位で、同じ北陸地方の福井、石川両県より下位なのだが、就業者のなかでも自営や家業手伝いではない、雇用され報酬を得る「女性雇用者」をみると全国3位で、こちらのランキングでは他の北陸2県を大きく引き離しているという。
国内の多くの都市では、待機児童問題などで女性の就労が困難になっているが、富山は地域性などから、そうした問題の悩みがない。特徴の一つは、祖父母、夫婦、その子供が一つの家に暮らす三世代同居率の高さ。女性が子育ての心配をあまりせずに働ける場合が多いのだ。また、保育所等入所率は全国2位で、待機児童数もゼロという。「女性活躍」の拡大を目指す安倍政権も大いに参考にすべきだろう。
富山県にはまた、女性の雇用をたえず募る経済環境もある。「薬売り」で知られる土地柄で製薬産業が盛んであり、15年には医薬品の生産金額が過去最高を記録して全国1位の7325億円に達した。また、金属、機械、電子部品などで同県は日本海側屈指の工業集積を誇る地域という。立山連峰を水源にする河川の豊富な水量は安価で豊富な電力を供給、大手企業の生産拠点を支えている。
北陸のビジネス街となると金沢市を思い浮かべるが、同地方でメーンバンク率が最も高い北陸銀行や、同地方の経済に大きな影響力を持つ北陸電力はいずれも本店は富山に置いている。
産業がもたらしている豊かさは、県民人口がほぼ同じ宮崎、秋田両県と比べるとさらによく分かる。富山は前述のとおり37位、宮崎36位、秋田は38位。3県の企業売上高(2016年の経済産業省調査)をみてみると、宮崎1兆円、秋田9800億円に対し、富山は3兆6000万円と「段違いの経済力」を見せつけている。
県内の経済基盤を背景に、高い世帯収入、三世代同居、女性の労働参加が特徴の富山。文部科学省の「全国学力・学習状況調査」で小・中学生ともにトップクラスと教育水準も高い。所得格差は小さく、社会の同質性や相互扶助的な関係が強く、社会的な連帯が生まれやすい。そうしたこともあってか、県外に移動した人のうちUターンで出生都道府県に戻る人の割合は沖縄に次ぐ高さを示す。
住みやすさ指標の全国での上位をあげると、持ち家率1位、生活保護被保護率1位、女性の正社員比率1位...などが並ぶ。
富山県といえば、シロエビ、ホタルイカ、寒ブリなど海の幸で知られ、鮨店の質の高さなどでも旅行者の満足度は高い。富山市には「世界一美しいスターバックス」がある。名物にはまた富山湾の「蜃気楼」があるが、住みやすさについては、調査や資料、データがしっかり示されている。
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