読むべき本、見逃していない?

囚人934人を解放、24時間後戻ってきたのは?

  • 書名 典獄と934人のメロス
  • 監修・編集・著者名坂本敏夫 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2015年12月 2日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・355ページ
  • ISBN9784062196758

 関東大震災で外塀は全壊、さらに火災が迫ってきた横浜刑務所。その時、典獄(刑務所長)が下した判断は、「囚人を解放する。ただし24時間以内に戻ってくること」というものだった。果たして934人の受刑者たちはどうしたのか? 逃亡したのか、はたまた?

関東大震災で被災した横浜刑務所の実話

 この小説のような話は実話である。著者の坂本敏夫さんは、広島拘置所総務部長を最後に退官した元刑務官。なぜ、本書『典獄と934人のメロス』(講談社)を書いたのか、そのいきさつは最後にふれるとして、小説仕立てにしたあらすじを追ってみよう。

 大正12年(1923)9月1日早朝、横浜刑務所の炊事場では炊事夫が異様な光景を目にした。食料倉庫の扉を開けると、ネズミが大きな塊となって飛び出してきた。報告を受けた看守は日報に「ネズミ大量発生、至急駆除ノ要アリ」と記した。

 午前11時58分44秒、関東大震災が発生した。横浜市の死者行方不明者は約2万7千人、倒壊家屋2万5千戸、火災による消失家屋は6万2600戸。横浜港に停泊していた船から、こう打電された。

 「横浜ハ 大震災ニシテ 今ノ所 全滅ト思ハル 救援ヲ 頼ム」

 横浜刑務所もすべての建物に火が回った。典獄の椎名道藏は東京帝国大学出身の最初の監獄官吏だった。当時37歳。「塀もなくなり、刑務所としての設備がすべて崩壊した今、どうすればいいのか......」。

監獄法第22条による囚人の解放

 理想家肌の椎名は監獄法第22条による囚人の解放を考えた。天災事変に際し囚人の避難も他所への護送も不可能な場合、24時間に限って囚人を解放することが出来る。死亡者38人、重傷者など残った197人を除く934人の囚人が時間制限付きで解放された。市谷、小菅など東京とその周辺の刑務所で、こうした措置が取られたのは横浜だけだった。被害の大きさと事態の特殊性がわかる。

兄の身代わりで刑務所へ向かった妹

 ここから第二幕が始まる。無実の罪で収監されていた福田達也は現在の相模原市にある実家へ歩いて帰った。家族は無事だったが、妹サキの友人宅が被災していた。助けるために二人が取った選択は、サキが兄の身代わりになり、刑務所へ向かうことだった。

 果たして、サキは混乱の中、無事に24時間以内に横浜刑務所へたどりつけるのか、そして達也は帰ってくるのか......。さらに椎名をライバル視する内務省から派遣された書記官の策動とは......。

 坂本さんが旧知の横浜刑務所長に聞いたところ、横浜刑務所には関東大震災と第二次大戦中の記録すべてがなくなっていた。後者はGHQの追及を恐れ、内務省が全刑務所に焼却等の処分を命じたためだった。しかし、なぜ関東大震災時の解放の記録がないのか?

 古老の話では、受刑者たちが救援物資の荷揚げに命がけで協力したというのだが。その一方、記録はないのに、横浜刑務所の囚人たちは解放されると、強盗、強姦、殺人など悪の限りを尽くしたと、多くの雑誌、単行本に書かれている。その真実を探るため、坂本さんは、福田サキの娘、山岸妙子に取材する。昭和46年(1971)のことだ。さらにサキ本人にも会う。以来、30年以上取材を続け、書いたのが本書である。

 取材の結果、わかったことはこうだ。未帰還者のうち横浜刑務所に帰還したのが19人、他の刑務所に出頭したのが6人。遅延の理由は被災家族の追跡ということだった。逃走者はゼロだったが公表は避けられ、未帰還者240人という数字が今日まで、一人歩きしているという。本書には9月8日、受刑者たちを集め、名古屋刑務所移送について訓示する椎名典獄の写真が収められている。

「刑務所一家」の信頼関係

 サキが結婚したのは山下という横浜刑務所の看守で兄妹の恩人だった。その娘の山岸妙子も長じて刑務官となった。

 坂本さん自身も祖父、父も刑務官だったので、一族は3代70年間にわたり刑務所に関係したことになる、と書いている。坂本さんの祖父は本書に出てくる椎名道藏に小菅刑務所で仕えたそうだ。

 そもそも取材の端緒となった旧知の横浜刑務所長は、坂本さんの父の同期生。いわば「刑務所一家」の信頼関係が生んだ本と言える。さまざまな参考文献を挙げているが、生きた「主人公」に会えたのは信頼関係ゆえだろう。

 昭和40年代、模範囚を塀も鉄格子もない寮に入れて、造船所などで仕事をさせる開放処遇が盛んに行われた。教育刑主義の理想、その原点が横浜刑務所の解放にあったのだ。

 開放処遇の大多数は今、残念ながら姿を消した、と書いている。

 坂本さんは退職後、明治以来の刑務所研究をライフワークとし、『死刑執行人の記録』(光人社)、『刑務所のすべて』(文春文庫)、『誰が永山則夫を殺したのか』(幻冬舎)などの著書がある。

 BOOKウォッチでは、刑務所関連として『鎖塚――自由民権と囚人労働の記録』(岩波現代文庫)、『刑務所しか居場所がない人たち――学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(大月書店)などを紹介している。また、関東大震災関係では『証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人』 (ちくま文庫)、『関東大震災』(文藝春秋)、『九月、東京の路上で』(ころから刊)なども紹介している。

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