最近ヒットした子ども向けの本は「ざんねん」と「うんこ」をタイトルにしたものが人気だ。本書『泣けるぜ!昆虫』(学研プラス)はその両方の要素を踏まえつつ、「泣ける」をメーン・コンセプトに据えている。私たちが昆虫と呼んでいる、多彩な生き物たちの意外な生態をイラスト入りで紹介、子どもだけでなく、大人も楽しめて勉強になる一冊だ。
まずは「ざんねん」な例から。
「カブトムシはけんかのすきに、メスをとられる」。大きなオスがメスと一緒にいると、それを見つけた別のオスがけんかを吹っ掛ける。オス同士がけんかに熱中しているすきに、陰から小さなオスが登場し、すばやくメスと交尾してしまう。けんかが終わったころには、メスは小さなオスとどこかに消えてしまう。
「大カマキリの最初の食べものは兄弟」。カマキリの幼虫は自分で食べものを見つけなければならない。目の前で動くものは何でも食べようとする。先に卵から出た幼虫は、あとから出てきた幼虫を食べる。自分の兄弟だ。そのとき、別のカマキリの幼虫に襲われ、食べられてしまうこともある。生まれた瞬間から、身内同士で生存競争が始まっている。
「うんこ」ではこんな例も。
スカラベという小さな虫がいる。タマオシコガネというのが和名だ。スカラベは、牛などの新しいうんちを見つけると「うんち玉」をつくる。ころころと、この玉を運び去り、そこに卵を産み付けてくれるメスを待っている。ところが、別のオスがこの玉を見つけて横取りする。そして俺のつくった玉だ、という顔をして、メスに求愛する。このうんち玉をつくったオスは徒労に終わる。いずれにしろ、「うんち」が愛のキューピットだ。
ムシクソハムシの場合は、一生、ふんがつきまとう。自分のふんで袋をつくり、その中で暮らしているのだ。ふんの中でさなぎになる。
こんな感じで、昆虫たちの奇怪な「人生」が次から次へと登場する。なじみの名前もあれば、初耳の昆虫まで100以上。タイトルにもあるように、どの話もちょっと残酷で、ちょっと笑えて、悲しい。
アブラゼミは5年間も土の中にいたのに、成虫は1か月しか生きられない。これはよく知られているが、カゲロウの人生はもっと短い。幼虫はきれいな水の中で過ごし、成虫になると、一日しか生きられない。その短い時間の中で交尾し、メスは産卵する。卵を産むまでに鳥やトンボなどに食べられてしまうことが多いのだという。
さらに儚いのが、スズメバチネジレバネのオス。成虫の寿命はたった4時間。その短い命の中でメスと交尾し、子孫を残す。
クロオオアリはしょっちゅう隣の巣のアリとけんかしている。体の表面から出ているアブラの臭いの違いで、仲間かどうか見分けている。けんかに勝って自分の巣に戻ってきたアリは、今度は自分の仲間に襲われる。敵のアリを倒したときに、相手のアブラが体についており、その結果、仲間から敵と認定されて殺されるのだ。こうして際限なき戦いを続けているそうだ。
本書によると、世界には200万種ほどの昆虫がいる。このうち日本では3万種の生息が判明している。実際には6万から9万種いると見られているが、調査研究が追い付かないらしい。
本書では昆虫と環境問題についても触れている。例えば、田んぼや池にすむゲンゴロウ。幼虫は水中にいて、成長すると陸に上がり、土の中に潜ってさなぎになる。ところが最近は、田んぼの畔や用水路はコンクリートがほとんど。水中の幼虫が土の中に潜りにくい環境になった。ゲンゴロウは減っているそうだ。
牛や馬のふんを食べて生きてきたダイコクコガネも苦しんでいる。かつて牛や馬は草を食べて、もっこりしたふんを出していた。ところが最近は配合飼料。どろどろのうんちなので、ダイコクコガネには食べづらい。環境変化が虫たちの伝統生活を直撃している。
泣けてくるのは虫だけではない。監修者の岡島秀治・東京農業大学名誉教授が書いている。小さな虫を観察するのが大変なのだ。わずか1~2ミリの虫を標本にする。それをたくさん集める。やぶの中の採集ではハチに襲われることもある。樹木の上から蛇が落ちてきたりもする。私たちが、昆虫の生態について事細かな知識を得ることができるのは、昆虫学者たちの奮闘によるものだ。いうまでもなく、そうした研究が地球環境全体の観察につながっている。
東京・上野の国立科学博物館で10月14日まで開かれている「恐竜博2019」は入場者が70万人に迫る大賑わいだが、たまには本書などを手に取り、小さな「虫」の生態に思いをはせるのもいいかもしれない。彼らもまた地球環境の未来を先取りしているかもしれないからだ。
BOOKウォッチでは関連で、『絶滅危惧の地味な虫たち――失われる自然を求めて』(ちくま新書)、『虫や鳥が見ている世界』(中公新書)、『日本昆虫記』(株式会社KADOKAWA)、『昆虫は美味い!』(新潮新書)なども紹介している。
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