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満月の夜に開く、願いを叶える質店の物語

想いであずかり処 にじや質店

 満月の夜にだけ開店する質店がある。条件を満たせば、お金を貸してくれる代わりに願いを一つ叶えてくれるという。片島麦子さんの『想いであずかり処 にじや質店』(ポプラ文庫)は、そんな不思議な質店に訪れる人々の願いにスポットライトを当て、そこに込められた想いに迫っていく物語。

「心から求めている願いだけ」

 物語の紹介に入る前に、質店のシステムについて触れておこう。

 「質店」「質屋」とは、利用者から物品を質(質草)にとり、金銭の貸付を行う業者のこと。利用者が期限までに利息とともに払い終えれば、質(質草)は返される。払えなければ、質流れになる。最近はあまり見かけないが、本書によると鎌倉時代からあり、銀行代わりの存在として、庶民とともに生きてきた背景があるそうだ。

 さて、物語の舞台となる「にじや質店」は、二階建てのビルほどの大きさの古めかしい白漆喰の建物。そこだけタイムスリップしたような重厚な雰囲気が漂う。大学生の間宮いろはは、たった一度会話を交わしただけの「ある人」との約束で、「にじや質店」へやってきた。

 しかし、そこにいたのはいろはが会いにきた人物ではなく、店主の野々原縫介だった。すると縫介は「いい満月ですね――。では、願いをどうぞ。ここで叶えられるのは、心から求めている願いだけですよ」と、いろはに声をかけた。

 いろはは咄嗟に、亡くなった母からあずかった鍵を見せ「これが何の鍵なのか、知りたいんです」と打ち明ける。会ったばかりの縫介に、十三年間隠しつづけた母との秘密を話してしまったと、いろは自身が驚く。

今現在大切なものをひとつ失う

 いろはがやってきたのは、願いを叶える質店だったのだ。縫介は「にじや質店」のシステムを次のように説明する。

「代償、と云ってもいいかもしれませんね。願いをひとつ叶える代わりに、あなたにとって今現在大切なものをひとつ失う。何の犠牲も払わずに願いを叶えようなんて虫がいい話ですからね」

 自分にとって今現在大切なものは何か? それを失ってまで叶えたい願いはあるか? 依頼者は、願いにかける本気度を試されることになる。

 本書は「てのひらの鍵」「ふたつの指輪」「おふくろの味」「色とりどりの言葉」「いつかの月の虹」の5話が収録されている。

 「昔の恋人の今の居場所を知りたいんです。会って、直接確かめたいことがあるんです」「(亡くなった)おふくろの味が食べたいんだよ、どうしても」「父の遺言状を探してくれないかしら? ......別にわたしはね、財産は姉妹で仲よく三等分でいいと思うのよ。でもそういう訳にもいかなくて......」など、「にじや質店」にやってくる人々は、その願いも事情もさまざま。

 本書はタイトルも表紙もいかにも心あたたまる物語、といった印象を受ける。筆致はイメージどおり穏やかだが、意外と物語のエピソードは現実の厳しい側面を切り取ったものが多い。

 いろはが「にじや質店」にくるきっかけとなった人物とは一体誰なのか。いろはと縫介がそれぞれに感じている家族へのわだかまりは解けるのか。本書はやさしい、あたたかいだけでなく、そこに緊張の糸が一本通っている。

 著者の片島麦子さんは、1972年広島県生まれ。第28回大阪女性文芸賞佳作、第4回パピルス新人賞特別賞等を経て、デビュー作となる「中指の魔法」にてワルプルギス賞を受賞。

  • 書名 想いであずかり処 にじや質店
  • 監修・編集・著者名片島 麦子 著
  • 出版社名株式会社ポプラ社
  • 出版年月日2019年4月 5日
  • 定価本体660円+税
  • 判型・ページ数文庫判・281ページ
  • ISBN9784591162873
 

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