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関東大震災で東京市民の99%が信じた「デマ」とは

  • 書名 証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人
  • 監修・編集・著者名西崎 雅夫 編集
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2018年8月 3日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数文庫・413ページ
  • ISBN9784480435361

 本書『証言集 関東大震災の直後 朝鮮人と日本人』 (ちくま文庫)はタイトルにもあるように、1923年9月1日に発生した関東大震災についての体験者の証言を集めたものだ。具体的には「朝鮮人虐殺」についての様々な証言が掲載されている。さらに当時やその後の関係当局の報告も掲載されている。旧著の復刊かと思ったが、新たに編集されたものだという。

志賀直哉、和辻哲郎、井伏鱒二、秋田雨雀...

 編者の西崎雅夫さんは1959年生まれ。明治大学在学中から関東大震災の朝鮮人虐殺問題にかかわり、公立中学英語教師を経て、現在は「一般社団法人ほうせんか」理事。2016年には編著で『関東大震災朝鮮人虐殺の記録――東京地区別1100の証言』(現代書館)を出版している。こちらは500ページを超える大著であり、9000円もする。評論家の斎藤美奈子氏や荻上チキ氏が推薦している。それを圧縮して一般にも手に入りやすいように文庫化したものが本書のようだ。

 全体は「子ども作文」「文化人らの証言 当時の記録」「文化人らの証言 その後の回想」「朝鮮人の証言」「市井の人々の証言」「公的史料に残された記録」に分かれ100人以上の証言が満載されている。

 BOOKウォッチでは先日『九月、東京の路上で――1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから刊)を取り上げ、歌人の折口信夫や演出家の千田是也が経験した生々しい話を紹介した。本書ではさらに多くの著名な文化人の話が採録されている。

 芥川龍之介、竹久夢二、志賀直哉、和辻哲郎、井伏鱒二、秋田雨雀、長岡半太郎、倉田百三、金子光晴など多士済々だ。女優の清川虹子や、「シャープ」創始者の早川徳次は虐殺現場を目撃している。作家の佐多稲子は町の住民に殺された朝鮮人の死体を見ている。武装した自警団が血相を変えて走り回り、何人殺したか自慢する異常な様子を記している人もいる。

内務省自体が警戒情報を発信

 のちに映画監督になった黒沢明は当時13歳。近所では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」という風評が広がっていた。白墨のしるしがある井戸が目印だという。ところがその印は以前、黒沢少年が落書きした名残だった。

 300人の朝鮮人や中国人が襲ってくるという話を、倉田百三は「嘘とは思えなかった」と正直だ。のちに読売新聞の外報部長や釜石市長を務めた鈴木東民は、朝鮮人の反乱を「東京市民の99%が信じた」と書いている。

 千駄木に住んでいた科学者の寺田寅彦は、「井戸に毒」「爆弾」などの浮説について、「こんな場末の町へまでも荒らして歩く為には一体何千キロの毒薬、何万トンの爆弾が入(い)るであろうか。そういう目の子勘定だけからでも自分にはその話は信ぜられなかった」とクギを刺している。志賀直哉も「自分は信じなかった」というが、そういう冷静な人はわずかだった。

 こうした噂は自然発生的なものではなかった。戦後NHK会長にもなった野村秀雄は当時朝日新聞の政治部記者だったが、社会部の記者が、「各所を鮮人が襲撃しているから、朝日新聞で触れ回ってくれと警視庁が言っている」と駆け込んできたと振り返っている。評論家の中島健蔵は、警察署の板塀に「不逞朝鮮人が反乱を起こそうとしているから警戒せよ」という張り紙が出ていたことを記憶している。

 当時警視庁のナンバー2だった正力松太郎は、一時は「朝鮮人騒ぎは事実」と信じるなど、「警視庁も失敗した」ことを認めている。編者によると、警察を管轄する内務省自体が「震災を利用し、朝鮮人は各所に放火し不逞の目的を遂行せんとし現に東京市内で爆弾を所持し石油を注ぎて放火するものあり」と全国に打電しており、「公的機関によって裏打ちされた流言飛語」が被災地を席巻し、地方で発行された新聞がそれらをそのまま掲載し輪をかけたと指摘している。

排外意識と呼応

 本書を読んで痛感するのは、関東大震災は天災であると同時に、朝鮮人らを虐殺した人災でもあったという厳粛な事実である。武装する市民らと、非武装の朝鮮人との「内戦」が至る所で繰り広げられていた。

 大地震の衝撃。電気が消えて真っ暗闇の不安。通信手段の途絶で情報が混乱した、などいくつかの理由に加えて、編者の西崎さんは当時の社会情勢を強調する。日本の労働者よりも低賃金で働く朝鮮人や中国人が急速に流入していた。仕事を奪われるかもしれない不安。日本の一般の労働者の間に排外意識が高まる。1910年には韓国を併合しており、優越感と反抗を恐れる気持ちもあっただろう。19年に朝鮮で大規模な独立運動「3.1事件」も起きて、警察は朝鮮人への監視を強めていた。こうした時代背景が虐殺につながったと見る。

 実際のところ、何人が犠牲になったかはよくわかっていない。最大の理由は、政府が事件の隠蔽を図り、調査をしなかったからと西崎さんは強調する。中国人については、中国人の団体が生き延びた人からの聞き取り調査をしており、死者667人とされている。朝鮮人については、そうした調査団体が当時不許可とされ、「同胞慰問団」による調査しかない。

震災犠牲者の数パーセントに当たるという推定も

 2008年に内閣府の中央防災会議専門調査会がつくった「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書」の抜粋が本書に掲載されている。

「関東大震災時には、官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった」

 「殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数(10万5385人)の1~数パーセントにあたり、軽視できない」

 「自然災害でこれほどの規模で人為的な殺傷行為を誘発した例は日本の災害史上、他に確認できず、大規模災害時に発生した最悪の事態として、今後の防災時にも念頭に置く必要がある」

 「1~数パーセント」というのは単純換算で千~数千人にあたる。震災の二年後には治安維持法が制定され、世の中は次第に窮屈になり、異論が許されなくなっていく。当局情報によって完全にコントロールされ、「挙国一致」で一丸となる国民とマスコミ。そう考えると、関東大震災における自警団の狂奔は、次なるより激烈な戦時体制への序曲だったことがわかる。震災から敗戦まではわずか22年。二つのエポックメーキングな出来事は、実は地続きだったと痛感する。

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