「核融合」と聞いてどういった科学現象なのか答えられる人は少ないだろう。「地上に太陽を創る」21世紀の夢のエネルギーと注目され、各国共同の核融合炉開発計画も進められている。本書『太陽を創った少年』(早川書房)は14歳で、実験室内の「核融合」を成功させた天才少年としてアメリカで大きな話題になったテイラー・ウィルソン君とそれを支えた人々の物語だ。筆者トム・クラインズは「ポピュラー・サイエンス」というアメリカの科学雑誌に寄稿しているサイエンス・ライター。
テイラー少年は南部アーカンソー州の生まれ。地元で会社を経営する父とヨガインストラクターの母という典型的な中流家庭に育った。周囲に科学の専門家はいない。アーカンソーといえばクリントン元大統領の出身地だが、アメリカでは典型的な田舎として知られている。
小さい頃から周囲を驚かす早熟の天才で、本やネットから独学で高度な科学知識を吸収していった。9歳の時には小型ロケットを自作して打ち上げに成功、その後は原子物理学に強い興味を持って、放射性物質に夢中になり、実験装置も自作し始める。核融合に関心を持ったのは11歳の時に最愛の祖母をがんで亡くし、医療用に使われる高価な放射性同位体を安く簡単に作れないかと思ったからだ。これはエネルギーを生み出すことが目的の核融合炉とは異なる。
テイラー少年のすごいところはほとんどお金をつかわず、必要な部品を集め、時には大人から格安で譲ってもらい、自らが考案した自前の実験装置を独力で組み上げてしまうことだ。だが、それは時には大きな危険も伴うので周囲の大人にとっては心配のたねだ。放射性物質を入手するためには多少の危険もいとわない。1957年に爆撃機から水爆が誤って落下したニューメキシコ州の事故現場では、米軍が回収し残した水爆の残骸まで持ち帰る始末だ。息子のためと思って、協力を惜しまなかった両親もハラハラドキドキの連続。科学知識があるといっても、家の広い裏庭で手製の爆薬から作った大きな花火を打ち上げて、近所を仰天させるのではたまったものではない。
もちろん、テイラー君は田舎の学校の教育では満足できない。困った両親は西海岸に近いネバダ州にある篤志家が設立した、ギフテッド(才能が贈られたという意味)の「天才児」を集めた私立学校に通わせることを決意する。
この学校でも、少年は14歳のとき、近くにあるネバダ大物理学教室の教授や専門スタッフの理解と協力を得て、自ら考案した手製の超高真空、高電圧の実験装置を組み上げ、「核融合」の実現に成功する。
アメリカには科学で特異な才能を持つ少年少女を顕彰するコンテストがいくつもある。テイラー君はその中でも一番権威のある、半導体メーカーのインテルが主催するISEFというコンテストの物理学・天文学部門で最優秀賞を獲得し、オバマ大統領のホワイトハウスにも招待される。
天才児をどう育てるかはアメリカでも試行錯誤
だが、本書は天才科学少年の単なる成功物語ではない。筆者はテイラー君の成功は、一見突飛な行動に突っ走り、大人からは理解しがたい彼を周囲の大人たちが温かく見守り、支え続けたおかげだと強調する。本書の半分はギフテッドの子どもたちをめぐる教育の物語として書かれている。
スポーツや音楽、芸術の世界では英才教育が奨励され、それを支えるシステムも整備されている。しかし、自由や個性の尊重が実現しているはずのアメリカでも、知能におけるギフテッドの子どもをどう育てるかは今も試行錯誤が続いているという。テイラー君の5歳違いの弟も早熟の天才で、兄と同じ学校に転校したが、学校にはなじめず、友達のいる郷里に帰ってしまった。
テイラー少年は高校卒業段階でハーバードやマサチューセッツ工科大(MIT)など、いくつもの超難関大から誘いを受け、博士課程の大学院に飛び級させるという話まであった。だが、結局、彼は大学に進学せず、篤志家の資金援助を得て起業する道を選んだ。彼は今、24歳。今年春には福島原発事故周辺などを見るため来日したという。
型破りの痛快なサイエンス・ノンフィクションだが、子育てに悩む親の世代にとっては、既成の教育システムになじまないわが子をどう育てればいいのか、思いもよらないヒントが得られるかもしれない。英才児教育の物語としても興味深く読める。
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