VR(バーチャル・リアリティ=仮想現実)は、すでに一部のゲームなどで使われており、シュミレーターみたいなものと理解している人も多いだろう。しかし、本書『VRは脳をどう変えるか?』(文藝春秋)を読むと、この新しいメディアは単なるエンタテイメントでないことに気づく。VRは、医療、教育、スポーツの世界のみならず、我々の日常生活を変革する力を持っているという。
著者のジェレミー・ベイレンソンはアメリカ・スタンフォード大学の教授で、専門は心理学とコミュニケーション学。20年以上にわたり、VRが人間に与える影響を研究している。フェイスブックが「オキュラス」というVRの企業を買収する直前に、マーク・ザッカーバーグCEOが、ベイレンソン教授の研究室で最新のVR体験をして、その可能性に魅了されたという話を紹介している。
本書は、VRでこんなことができるという最新技術を紹介する本ではない。実験を通して明らかになったVRの実力を以下のように淡々と記述してゆくが、少し怖くなってくる。
・VR内での体験を、脳は現実の出来事として扱ってしまう。 ・VR内で第三の腕を生やしたり、動物の身体に"移転"しても、脳はすぐさまその変化に適応し、新たな身体を使いこなす。 ・イラク戦争後、"バーチャル・イラク"を体験するVR療法により、PTSDに苦しんでいた2000人以上の元兵士が回復した。 ・VRで一人称視点の暴力ゲームをプレイすると、相手が仮想人間だとわかっていても生々しい罪悪感を覚える。 ・仮想世界で一日過ごすと現実と非現実の違いがわからなくなる。
少し前に大ヒットしたオンライン箱庭ゲーム「セカンドライフ」にも触れている。キーボードとマウスを使った複雑な操作と膨大なメニュー項目数が、高いハードルとなり廃れたと見ている。しかし、開発者のローズデールは新世代の仮想世界「ハイ・フィデリティ」をVRでのプレイを念頭に設計、著者は「今この世にあるコンピュータをすべて利用して仮想世界を作れば、地球上の全大陸に匹敵する広さになるでしょう」というローズデールの言葉を紹介している。
すぐれたデバイスとVR技術があれば、人は部屋から出ることなしに世界を旅し、いろいろな人と出会い、仕事をすることが出来る(もちろん仮想世界でのことだが)。それは決して夢物語ではない。著者は、人間的な側面からその「新世界」について考察を加えている。
フェイスブックなどの巨大IT企業がこぞってVRに投資しているのは、これが単なる技術ではなく、新しいメディアあるいは新しい世界の創出そのものと考えているからだろう。ハードウェアではなく心理学という観点からVR研究を続けてきた著者の存在は、アメリカの知の懐の深さを物語るものだ。
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