読むべき本、見逃していない?

村上春樹さんが今年もノーベル賞が難しい理由

  • 書名 村上春樹はノーベル賞をとれるのか?
  • 監修・編集・著者名川村湊 著
  • 出版社名光文社
  • 出版年月日2016年9月15日
  • 定価本体740円+税
  • 判型・ページ数新書判・259ページ
  • ISBN9784334039431

 ノーベル賞の季節が近づいてきた。2019年、文学賞は10月10日の発表だ。昨年は見送られたので、今年は「2年分」の受賞者が出るという。毎年のように話題になってきた村上春樹さんにとっては大きなチャンスだ。今年はどうなるのか――。ということで、『村上春樹はノーベル賞をとれるのか?』 (光文社新書)を改めて紹介しておきたい。著者は文芸評論家の川村湊さん。

「一勝一敗」

 本書は16年9月刊行。その後、16、17年の受賞者が出たが、村上さんの名前はなかった。したがって、「とれるのか?」というタイトルはまだ有効だ。

 本書は「ノーベル文学賞と日本人」「ノーベル文学賞とは何か」「村上春樹は"第三の男"になれるか?」の三章構成。その内容は今のところ「一勝一敗」だということを最初に明かしておこう。

 「一勝」というのは、候補者として「カズオ・イシグロ」を挙げており、実際に17年に受賞したからだ。これは著者の慧眼といわなければならない。しかも、村上さんと対比させる形で「"同じ日本人作家"のライバル」として取り上げている。

 イシグロさんは幼少時よりイギリスに住み、英語で小説を書いているイギリス人だが、両親は日本人。世界の文学ワールドでは「日本的な繊細な美意識が作品中にそなわっている」と評価され、「彼を『日本人』と意識する西欧人が多いのではないかと考えられる」と分析している。村上さんは先を越された形になった。

 「一敗」は16年の受賞者、ボブ・ディラン。本書では彼が候補者として取りざたされていることを紹介しつつ、「ポップ・カルチャーとしての歌詞に賞が与えられることはまずないと考えられる」「それならば、ザ・ビートルズのジョン・レノンがどうして受賞しなかったのかという論議もでてくるだろう・・・」と否定的に解説していた。常識的な見方だと思われるが、ノーベル文学賞の選定委員会の判断は異なった。

受賞できない「いくつもの」理由

 村上さんが受賞できない理由については、日本でもいろいろな説がある。16年10月13日のJ-CASTニュースでも「村上春樹はなぜノーベル賞を取れない? 大手紙が指摘していた『いくつもの理由』」という見出しで報じている。

 選考委員の間では、作品が軽すぎる、重みに欠けると見られている、日本国内でも大物評論家が一丸となって推しているわけではない、などが挙げられている。早くから米国に居を移し、敏腕の出版エージェントと組んで国際的な人気を獲得してきたことなども、選考委員会の好みとはズレがあるらしい。

 近年のノーベル文学賞は、圧政と闘う作品や、現代史と正面から向き合う社会性のある作品が高く評価され、地域や国家、民族のオリジナリティが強ければ、なお好まれる傾向がある。日本を離れてニューヨークを拠点に執筆し、ポップな文体で50か国語以上に翻訳されている村上作品は、その「わかりやすさ」と「脱日本」、あまりに「国際的」ゆえに、ノーベル賞選考委員のお眼鏡にかなっていないのではないか、という見方もある。

川端康成と三島由紀夫

 今後の見通しについて、川村さんは本書の「カズオ・イシグロ」を予想するくだりで触れている。同一民族系から立て続けに受賞者が出るケースが少ないというのだ。2000年の受賞者、高行健はフランスに永住する中国人の亡命作家。すでにフランス国籍を得ていたが、「中国」の範疇に入っていたようで、次に「中国人作家」として莫言が受賞したのは2012年。かなりの時間が空いた。そこで川村さんは以下のようにシビアに推測している。

 「カズオ・イシグロがもし村上春樹より先に受賞すれば、その次の『日本人受賞者』が生まれるのは、そこからまたかなり先になる。たぶん、現在、六十代後半に差し掛かっている村上春樹がとても待ちきれないような先に」

 ノーベル賞を受賞した川端康成と、三島由紀夫との関係について述べたところでも、そのことに触れている。川端の受賞で、当時も三島の受賞が遠のいたといわれたそうだが、三島が自死したこともあって、結局、次の日本人作家として大江健三郎が受賞するのは26年後だった。「ノーベル文学賞は、受賞した川端康成と、受賞しなかった(できなかった)三島由紀夫という二人の日本人作家を、自殺に追い込み、"殺した"ということができる(これは、大岡昇平の説でもある)」と書いている。

 もちろん、ボブ・ディランを選んだ時のように、ノーベル賞の選考委員会がイレギュラーな選択をする可能性は残されているわけだが。

『チェルノブイリの祈り』が受賞した

 本書刊行の前年、15年の受賞者は、ベラルーシのジャーナリスト、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチだった。「我々の時代の苦難と勇気の記念碑と言える多声的な叙述に対して」が受賞理由。

 川村さんは彼女の作品『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)に大きなショックを受けた。「もっと早くこの本を手にとっていればよかった」と悔やんでいる。「チェルノブイリで苦しむ人々の声を聞き取った彼女の"聞き書き"は、真のジャーナリズム、真の文学の在り方を、チェルノブイリ以後の私たちに告げ知らせるもの」だったからだ。

 川村さんも3.11の後、福島原発の被災地に何度も足を運び、被害者の声を聞いていたが、それを文学的な主題としてテーマ化し、まとめることはできなかった。だからこそ、『チェルノブイリの祈り』は心に響くものがあった。

 日本で同じような作品といえば、石牟礼道子さんの『苦海浄土』が浮かぶ。村上さんもオウム真理教事件の被害者に聞き書きした『アンダーグラウンド』を書いている。しかし、川村さんによると、刊行当時『アンダーグラウンド』の評価は高くなかった。川村さん自身、かつて否定的な意見、感想を述べたことがあるそうだ。

 だが、『チェルノブイリの祈り』を読んだ川村さんは、「性急に否定しすぎた」と多少、考えを変えた。「村上春樹がそのような方向へ歩み出してみようとしたことの可能性」を自分が「見ていなかった」ということに気づいたのだ。そして改めてこう書く。

 「地下鉄サリン事件の被害者たちのところを訪ね廻り、その事件の当日のことだけではなく、通勤や外出のその一瞬に至るまでのその人の来歴と生活とを丹念に聞き書きしようとした『アンダーグラウンド』と、そのサリン事件の加害者側の立場にいたオウム真理教の信者たちに聞き書きをした『約束された場所で』は、現代の日本社会において引き起こされた大きな事件について、決して無縁ではいられなかった小説家が、自ら"聞き書き"という行動に出た」ものなのだと。

 つまり、「村上春樹」ほどの作家が、あえて愚直な方法で、「現実」を追体験し、掘り起こそうとしている行為そのものに着目する。そしてこう続ける。

 「村上春樹は、二十世紀の後半から二十一世紀の前半にかけて生きてきた日本列島の住人たちの声や祈りを、しっかりとその物語的感性や文学的触覚で受け止めて、それを世界へと発信していく必要と責任があるのではないかと思う」

村上さんを「励ます」

 チェルノブイリで受賞者が出た以上、日本人の作家は「フクシマ」に取り組まないと、ノーベル賞に届かないのではないか。それができるのは、すでに「オウム」という「未曽有の大事件」に取り組んだ村上さんしかいない、ということなのだろう。だから川村さんは村上さんに期待する。

 「村上春樹が、"フクシマ人"となった現代の日本人の声にならない声を、祈りにならない祈りの声を、文学的表現として提出するとき、村上春樹が『世界文学』の名にふさわしい(ノーベル文学賞を受賞するのが当然な)作家として、世界において認知されることになると考えられるのである」

 こうして本書は、単なるノーベル賞の予想本ではなく、村上さんが世界レベルでさらに称賛され、深い根を持つ作家として評価されるための道筋を示す。ノーベル賞作家の大江健三郎さんが多用する言葉を借りれば、本書を通して、川村さんは、落選続きで失意にあるかもしれない村上さんを「励ます」のだ。その切実な声はおそらく、村上さんの耳にも届いていることだろう。仮にまた村上さんが落選しても、多くのファンは、それはまだ村上さんに託された大きな仕事が残されていることの証だと、「希望」(これも大江さんのキーワード)を持って受け止めればいいのではないか。川村さんの、さらっと書いたように見えて、なかなか内容の濃い本書を読みながら評者はそんなことを考えた。

 BOOKウォッチでは関連して、村上さんの新作が出るたびにロングインタビューをしている小山鉄郎・共同通信編集委員の『村上春樹を読みつくす』(講談社現代新書)も紹介している。また、村上さんが19年6月号に月刊誌『文藝春秋』に寄稿した「猫を棄てる――父親について語るときに僕の語ること」についての反響も紹介している。川村さんの著書では『妓生(キーセン)――「もの言う花」の文化誌』(作品社)も紹介済みだ。

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