ドゥ・ゴールといえば、戦後のフランスを代表する大政治家である。でもいま、なぜドゥ・ゴールの評伝なのか、という疑問を抱きながら本書『ドゥ・ゴール』(株式会社KADOKAWA)を読み始めた。
著者が直木賞作家で、『小説フランス革命』などフランスの歴史にかんする著作の多い佐藤賢一さんでなければ、そもそも手にしなかったであろう。佐藤さんなら生き生きとドゥ・ゴールの生涯を描いてくれるのでは、という期待ははたして裏切られなかった。
口絵の2枚の写真がドゥ・ゴールを象徴している。1枚のキャプションは「ロンドンのBBCからフランス国民に向けてラジオ演説を行い、ナチスへのレジスタンス運動を呼びかけるドゥ・ゴール(1940年6月18日)」。もう1枚は「群衆とともに『パリ解放』を祝いシャンゼリゼ通りを行進し、市民から歓迎を受けた(1944年8月26日)」。2メートル近い長身のドゥ・ゴールが軍服、制帽姿ですっくと立つ様子は壮観である。
佐藤さんはドゥ・ゴールをこう評する。
「フランスの敗戦を否認して、国外に亡命政権を樹立、それを国内に移すとともに、ドイツ、イタリア、日本と戦う連合国軍に参加することで、フランスを戦勝国の地位に押し上げた。後には国際連合の安全保障理事会常任理事国にも割りこませて、フランスの歴史、ヨーロッパの歴史、いや世界の歴史にも類例を探しえない、ほとんどマジックのような仕事である」
ドゥ・ゴールは、1890年フランス北東部のリールに生まれた。父は歴史と数学の教師で校長も務めた。母は詩集から小説まで50冊余の著作を持ち、文才はドゥ・ゴールにも受け継がれた。18歳で陸軍士官学校に入り、卒業と同時に少尉に任官。ここで連隊長として出会ったのがフィリップ・ペタン大佐だった。
第1次大戦が始まり、ドイツ軍との戦闘で負傷。捕虜となり5回も脱走するが不首尾に、そして終戦。戦後レジオン・ドヌール勲章を授けられる。かつての上司はペタン元帥となっていた。
ペタンに引き上げられ、国防最高会議の書記長になり、中佐に昇進。『職業軍隊へ向けて』を出版、近代兵器の充実を訴えた。しかし、一般大衆にも軍の幹部にも受け入れられなかった。ペタンが主導したのはマジノ線という長大な要塞の建設だった。そしてドゥ・ゴールはペタンと決裂する。
1940年、ナチス・ドイツはマジノ線が切れたベルギー国境からフランスに侵入する。ドゥ・ゴールは「臨時の少将」に昇進する。「ドゥ・ゴール将軍」の呼び名はここに由来する。その後国防次官として入閣するが、フランス政府は停戦派と抗戦派に分かれていた。停戦派のペタンが首相となりドイツに降伏する。
フランスの3分の2がドイツに占領された。ペタンは後にドイツの傀儡とも批判されるヴィシー政府を樹立。一方ドゥ・ゴールはイギリスに亡命、「自由フランス国民委員会」をつくり、レジスタンスを呼びかけた。
戦後、ドゥ・ゴールは一貫してフランスの指導者だったと思っていたら、そうではなかった。1946年にドゥ・ゴールは臨時政府の首相を辞任していたのである。
「私の人生で少なくとも政治的な失敗のひとつは、1946年1月に辞任したことだ」と本人も語っているが、「発作的な辞任だったかもしれない」と佐藤さんは見ている。
シャンパーニュの片田舎に55歳で引退したドゥ・ゴールは、回顧録の執筆に取り掛かる。3巻の『大戦回顧録』は、いまも版を重ねる永遠のロングセラーだという。
インドシナ戦争を経てフランス領インドシナはベトナムとして独立、アルジェリアなどアフリカの植民地でも民族解放戦争が始まった。この難局に立ち向かうべくフランスは1958年、第五共和国憲法を国民投票で採択、ドゥ・ゴールが大統領選に当選し、大統領に就任した。遅い返り咲きだった。
ドゥ・ゴールは北大西洋条約機構からの脱退を表明し、アメリカと距離を置き、独自の核武装を進めた。またかつての敵国ドイツと連帯し、EUへと至る道筋をつけた。
佐藤さんはあとがきで、イギリスのEU離脱や北大西洋条約機構からの脱退を検討しているというアメリカのトランプ大統領にふれ、「ドゥ・ゴールが構想した通りのヨーロッパになってきている」とドゥ・ゴールの思想の今日性をみる。
ドゥ・ゴールといえば、軍人上がりのワンマン政治家という印象しか持っていなかったが、本書を読み、反逆精神旺盛で文人のキャラクターがあったことを知った。生家には父の友人だった哲学者のベルクソン(ノーベル文学賞受賞者)も出入りしていたというから、文学書など読むことがなかったといわれる東条英機など同時代の日本軍人とは生まれも育ちも違ったのである。
佐藤さんの著者として『遺訓』(新潮社)、『テンプル騎士団』(集英社新書)を紹介済みだ。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?