都市部ではタワーマンションが林立するようになった。鉄腕アトムや鉄人28号をヒーローにして育った世代ならずとも、あの未来都市に向かって進んでいるんだな、と思う。しかし、それは決してバラ色ではない。足下の駅には通勤の長蛇の列が出来る。保育所もない......。社会インフラの整備が遅れて当面は不自由が強いられるだけでなく、タワーマンション入居者が子育て世代に偏るため、やがて整備した学校なども無用化して暮らしを圧迫する。空き家も増える。
費用を負うのは開発者と入居者だけではない。建設時には自治体からの莫大な補助金が出る。既存住民もコストを負っているのだ。本書『限界都市』(日経プレミアシリーズ新書)は、大都市圏を中心に進む大規模マンションの開発に警鐘を鳴らしている。
書いたのは日本経済新聞の調査報道チームだ。2017年4月に発足。「公開済みの統計や独自入手したデータを分析して埋もれた事実を浮かび上がらせる」のが目的だという(前書き)。『限界都市』は18年に20回ほど連載された同名の連載企画をまとめた。
莫大な補助金とはどういうものだろう。自治体が補助金を負担する根拠は都市再開発法だ。都市機能を向上させるために民間に公共貢献を求める一方、要件を満たす整備費の3分の2を国と自治体が補助する仕組みだ。補助金は、入居者や事業所が所有する区分所有部分にはもちろん出ない。既存建物の取り壊しや公園、道路の整備など公共貢献部分に対して支出される。
本書によると、補助金は約30年の間に東京都23区では6000億円。タワーマンションが集中する中央区はこの20年で1000億円ほどが投入された。全国では約30年で1兆3000億円に上る。総事業費の2割弱に当たる。規制緩和政策で2000年に、再開発補助の決定主体が国から市区町村に移って件数が急増した。東京中心部はバブル期に流出した人口を取り戻すため、地方は高齢化に伴う人口減対策だ。総事業費に占める割合は、地方に行くと高くなる。最も高い宇都宮市のケースでは半額にもなったという。
特殊な例ではあるものの、見えにくい形の補助もあるようだ。2020東京五輪選手村跡の再開発などはそう言えそうだ。五輪後は選手村がリフォームされて50階建て2棟を含む5600戸の住宅に変わる。補助金は支出されないが、東京ドーム3個分の土地が都から1平方メートル当たり約9万6000円で売却されている。破格の値段だろう。取得費用や道路整備費など都のこれまでの支出額を200億円ほど下回るという。さらに今後は、上下水道や道路などの整備に自治体は410億円を投じる。
人口対策。他の自治体に後れを取るな......。公務員心理なのだろう。そうした再開発で出現したものが長期にわたって街の財産になるのならばそれで良い。だが、負の遺産になる恐れがある。
・老朽化に伴う修繕の困難さ(難しい入居者の合意形成、修繕費の高騰) ・入居者の高齢化 ・空き部屋増大による資産価値の低下
などを指摘する。
住宅開発は、当たり前だが、住宅を供給する営為だ。住宅が足りないから増やしている、と素朴に想像する。だが、本書によると実態は全く逆なのだとういう。全国の空き家は2013年で820万戸(総務省住宅・土地統計)もある。その10年前に比べ24%増。さらに「空き家予備軍」が大都市に大量に潜んでいる。65歳以上だけが住む戸建てとマンションの持ち家は、東京、大阪、名古屋の3大都市圏に限っても336万戸に上る。同社が独自に集計した数字だ。
住宅は過剰であるのに、一方でタワーマンション計画が都市を席巻している。都市計画行政は、どこか歪んでいるといわざるを得ない状況だ。
タワーマンションの住人。評者は、富裕層や比較的高給のサラリーマンだと思っていた。しかし、知り合いのゼネコン社員はタワーマンションを敬遠する傾向が強いのに違和感を覚えてもいた。映画『シン・ゴジラ』では、武蔵小杉のタワーマンション群が破壊された。裏返しのヒーロー、ゴジラの正体はいったい何なのか。本書にその答えが見つかった。
本書が掘り起こした都市再開発の問題点は、先に紹介した「公開済みの統計や独自入手したデータを分析」することや独自に集計した根拠の上で指摘されている。こうした「特ダネ」には内部告発など情報提供者は必要ないことが分かる。ただ、必要なものは手間と時間を容認する上司であることも見えてくる。
都市再開発関連では『再開発は誰のためか』(日本経済評論社)、『現代都市再開発の検証』(日本経済評論社)、『空き家問題』 (祥伝社新書)、『2020年マンション大崩壊』 (文春新書)などが参考になる。
本欄では関連で『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)、『住みたいまちランキングの罠』(光文社新書)、『未来の年表2』(講談社現代新書)、『空き家対策の処方箋』(日本地域社会研究所)、『空き家活用術2 通りからはじまる"まち"のデザイン』(建築資料研究社)なども紹介している。
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