新聞記者や辞めた新聞記者を書かせて、今いちばんうまいのは塩田武士かもしれない。2016年に山田風太郎賞を受賞した『罪の声』は、グリコ森永事件の後日談とも言えるもので、事件の真相に迫ろうとする関西の新聞記者たちの熱気がまぶしかった。「週刊文春ミステリーベスト10」でも同年国内部門で1位となり、塩田の名前を読書界に定着させた。
新作『歪んだ波紋』(講談社)は、「誤報」や「虚報」が巻き起こす波紋を地方紙、全国紙、ネットニュースを舞台に描いた連作6編からなる。塩田自身がかつて所属した神戸新聞がモデルとおぼしき「近畿新報」から物語は始まる。調査報道を担う「プロジェクトJJ」の記者桐野とデスクが記事をねつ造していたことが明るみに出て会社は批判を浴び、二人は会社を去る。桐野は朝日新聞を連想させる全国紙「大日新聞」から近畿新報に転職してきた経緯があった。(「黒い依頼」)
大日新聞を退職した元記者の相賀は、かつて一緒にサラ金批判報道を担った垣内が自殺したことを知る。大阪市内の火事で亡くなった女性に垣内はサラ金から借金を重ね、金を融通していた。かつて垣内が書いた誤報がもとで彼女は職場を去り人生が暗転したことへの贖罪のように思えた。その誤報は自分が垣内に伝えたネタが原因であったことに気づいた相賀は茫然とする。(「共犯者」)
このように6編はストーリーが少しずつ重なりながら、「誤報」や「虚報」を書いた記者とそれに振り回され、人生を狂わされた人々を描いてゆく。
やがてトランプ大統領が言うところの「フェイク・ニュース」ならぬ「メイク・ニュース」という「虚報」を意識的に広げ、メディアを攻撃する運動の影が見え始める。アメリカではすでに、「Q」という陰謀論集団が現実のものになっている。その日本版というところか。
「大日新聞」をやめて「ファクト・ジャーナル」という独立系ウェブニュース媒体の編集長を務める三反園は、芸能や不倫ネタでPVを稼ぐ現状に飽き足らず、ある「特ダネ」の取材を進め、その記事を配信する。すぐにヤフーニュースのトップに載り、記録的なPVを稼ぐが......。
単なる連作かと思っていた作品群は実は円環構造をなし、登場人物たちは因果関係にあったことを知り、驚く。それとともに「メイク・ニュース」が象徴するメディアへの悪意は、すでに現実のものではないかと慄然とする。
デビュー作『盤上のアルファ』以来書いてきた、塩田の新聞社や記者の造形は自家薬篭中のものとなり、本作で一層の冴えを見せる。調査報道の欠陥が経営を悪化させた「近畿新報」という最初の舞台設定は、現実にあった朝日新聞における「特報部」問題の陰画のようでもあり、著者の業界通ぶりと厳しい観察眼がうかがえる。
わがJ-CASTニュース編集部にも既存のメディア経験者は少なくない。ネットニュースが新聞と競争的な媒体のように描かれ、面はゆい気持ちになったが、たしかに硬派系ネット媒体は増えており、そんな時代がやがて到来するかもしれない。
前作『騙し絵の牙』は、出版社が舞台だったが、やはり塩田武士には新聞社がよく似合う。
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