読むべき本、見逃していない?

『君たちはどう生きるか』のように復活するか?

改訂新版 ものの見方について

 イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後で走りだす。そしてスペイン人は、走ってしまった後で考える。――

 あまりにも有名な書き出しで知られる『ものの見方について』の改定新版が角川ソフィア文庫から出た。エッセーのお手本とされ、教科書にも登場し、国語の試験問題でもおなじみだ。

戦後の大ベストセラー

 有名すぎる書き出しのせいで、なんとなく本書は、西欧人の国による考え方の違いについて論じた本と思われがちだ。実際、「この筆法でいうなら、ドイツ人もどこかフランス人に似ていて、考えた後で歩きだす、といった部類に属するといってよいかも知れない」と、ドイツ人にも言及している。だがすぐそのあとに、「我々日本人は一体どういうことになるだろう。この四つの型の中のどれに似ているだろう」とベクトルは一転、日本人の話になり、実はこの部分が本題となっていることがわかる。

 本書は戦後まもない1950(昭和25)年、河出書房から出て大ベストセラーになった。著者の笠信太郎(1900~67)は当時、朝日新聞の論説主幹。7年3か月に及ぶ欧州での特派員生活を終え、2年前に帰国したばかりだった。

 戦争が終わり、突然「民主主義」が降ってきた。本書によれば「特攻精神から共産主義へ三段跳びをしたような人物」も多かった。戦前の日本人は何かしらしっかりした考えを持っているように感じられていたが、それは幻想。すべてが崩れ、新しい「思想」をさがすのに大わらわだ。そうした世間の様子をながめながら、著者は以下のようにクギを刺す。

「日本」については書き改める

 「何かの思想を持つことは、そうむつかしいことではない。それには出来合いのいろいろな思想があるからである。日本は今日まで、いつもそういう出来合いの西洋思想を貰ってきて、サシ根して育てようとした・・・しかしほんとうに自分の考えを持つためにには、それを持つ手段としての自分の『考え方』がなくてはならない。その考え方が我々にないならば、新たに学ぶしかないのである」
 「そういうわけで、今の世界を覆うている文化の源流である西ヨーロッパに、もう一度、考え方をたずねてみる必要を私は感じたわけである。一つの出来上がった思想の裏には、それを作った一つの考え方がある、頭の動かし方がある」

 このように本書の主題は、「日本人に自分の考え方があるのか」を問い詰めることだった。戦前は「神国日本」で染まり、戦争が終わると、茫然自失。あるいは手軽な思想に乗り移る。どうして我々はこうなのか。だが、その作業は著者にとっても難行だったようだ。66年に出た角川文庫の改訂版で告白している。

 「イギリス、ドイツ、フランスについては、多少とも何かを探り当てたような感じを私は持っていたのであるが、肝腎の自分たち自身の日本については、その『考え方』について、ここだというところを捉えるところまでは行けなかったのである」

 この時の改定新版で、日本に関する比較的長い章を、ほとんど書き改め、「多少なりとも積極的な見解を大胆に述べてみた」と、控えめながら満足できる内容になったと記している。本書はその改定版の復刊に当たる。

時代が書かせた

 本書を改めて手に取って痛感するのは、最近復刊されてベストセラーになっている吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』との類似性である。

 『君たち...』は1937年の出版。本欄で紹介した『空気の検閲』などでも明らかなように、すでに「戦時体制」が進み、治安維持法などもろもろの統制法によって、自由にものが言えない時代になっていた。大人向けにもはや何かを訴えることが難しくなっていたのだ。『陸軍・秘密情報機関の男』や『特攻』などでも、そのあたりのことが詳しく出ている。 だからこそ、著者の吉野源三郎は希望を次世代に託し、子どもたちに「自分のアタマで考える」ことの大切さを、この時代の大人からのメッセージとして残した。主人公のコペル君の父は、病気で早逝するが、それは治安維持法などで捕まった大人の暗喩だろう。

 『ものの見方...』の場合は、ターゲットは最初から大人だ。敗戦と戦後の混乱で、迷える人々に、やはり「自分の考え方」を持つようにと呼び掛けている。前者は「子ども」に、後者は「大人」と対象は違うが、言ってることは似ている。

 巧みな書き出しなどから、軽妙なエッセーのように思われがちな本書だが、今の読者からすると中身は重い。当時これが売れたということは、やはり時代を感じさせる。時代が書かせた、というべきかもしれない。『君たち...』は改めてベストセラーになったが、『ものの見方...』はどうなるだろうか。最近は「忖度」がはびこって「自分の考え方」を封殺している大人が少なくない。文科省事務次官だった前川喜平氏の『面従腹背』は組織の論理と個人の考えとのズレに悩んだ日々を振り返っている。本書は今の大人も手にする意味があるように思えるが、どうだろうか。

  • 書名 改訂新版 ものの見方について
  • 監修・編集・著者名笠 信太郎 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2018年8月24日
  • 定価本体840円+税
  • 判型・ページ数文庫・256ページ
  • ISBN9784044004255

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