(連載タイトル)ローマで居候
イラストレーターのなかざわともさんが「ちょっとだけローマ暮らし」をつづる連載『ローマで居候』。現地で出会った人々やおもしろい出来事をお届けします。
イタリアの人々はとにかく、よく喋っている。電車が止まって動けなくなったとき、いつ来るかわからない振替のバスを待つとき(これらは日常茶飯事のようで、私の短い滞在の間に何度も遭遇した)、隣り合った人同士肩をすくめながらペチャペチャとお喋りを始める。出会ったばかりの二人は、昔から知り合いだったかのように自然に打ち解ける。
コロコロと表情を変えながら、自分自身に指揮棒を振るかのように身振り手振りを加えて、歌でも歌うかのような抑揚で。彼らのお喋りの表現力には目を見張るものがある。
もちろん全ての人に当てはまるわけではないだろう。「サクロファーノに日本好きのイタリア人がいる」とTさん(居候先の老婦人)に紹介されたルイージさんに初めて会ったときは、口数の少ない印象を受けた。
ルイージさんは34歳の大柄な男性で、現在ローマの大学に通っている学生だ。元々コンピューターサイエンスを学んでいたが、進路を変えて経済学を学ぶために大学に入り直した。Tさんとの出会いは今年の春であった。スーパーで買い物をしていたTさんに「日本人ですか?」とルイージさんが声をかけたのだという。幼少期から母親の影響で日本に興味を持ち、アニメ・漫画・ライトノベル・ドラマや映画に夢中になっていったルイージさん。日本にはまだ行ったことがない。小さな地元では珍しい日本人らしきTさんの姿に声をかけずにはいられなかった。
挨拶をすると彼は覚えた日本語を懸命に繋ぎ合わせて話してくれた。日本語の勉強は6年以上続けているという。
彼の日本語の先生である日本人女性Yさんにも会わせてもらった。ローマ在住のYさんは元々日本語教師ではなかった。「ベビーシッター承ります」と出したYさんの広告を見たルイージさんが勘違いをし「日本語を教えてほしい」と熱心に連絡をした。それが、Yさんが日本語指導に携わるようになったきっかけになったそうだ。
日本への強い憧れが、彼を突き動かすのだろう。
ルイージさんには、高校時代からの付き合いであるアルバンさんという日本好き仲間がいる。彼らは週1回ほどの頻度で会い、日本のアニメや漫画、ゲームの感想を語り合うそうだ。一度ルイージさんの家で開かれるその集いにお邪魔した。ルイージさんは、サクロファーノの丘の上、車がギリギリ通れる路地に入ったところにあるこじんまりとした家に、家族で住んでいる。
アルバンさんは控えめで無口だが、完全に独学だという彼の日本語は流暢で、時々少し難しい言葉も使いこなした。日本語を勉強している彼らに甘え、私も平たい言葉を心がけた日本語で、英語やイタリア語をたまに切り貼りしながら言葉を探す。
二人の作品の好みがよく合うこと、毎日2時間は日本のアニメを観ていること、イタリア語に訳されているアニメ作品の量は十分ではないので日本語を勉強しているとのこと、(私を含め)人見知りが3人集まった少しぎこちない空気の中、ぽつりぽつりとそんな話を伺った。
DVDやライトノベルを買うのは日本版アマゾン。漫画はローマにある漫画ショップStar Shopをよく利用するそうだ。スペイン広場の近くに大きな店舗があり、立ち寄るといつもイタリアの若者で賑わっている。高い棚にはびっしりとイタリア語に訳された漫画が古いものから最新のものまで並び、充実した品揃えに驚かされる。
ルイージさんの部屋は弟と同室、片側の棚は彼の趣味のグッズで埋め尽くされている。好きなフィギュア、DVD、ゲームソフト、歴史物やライトノベル、そのコレクションを誇らしげに見せてくれた。
ルイージさんはライトノベルや漫画作品を使って日本語を勉強している。原書を翻訳機で英訳し、それをイタリア語訳して楽しむのだ。エクセルで作った自作の漢字表を見せてもらった。その熱量には日本語話者として身の引き締まるような思いがする。「まず大学を卒業して働き始めたら日本に行ってみたい。将来は日本で働きたい」とルイージさんは目を輝かせて語る。私の知らない「日本」の話を聞いているような不思議な心地がした。
イタリア語の語学学校に通い始めた私に、ルイージさんが日本語の漫画原書とイタリア語訳されたものを数冊セットでプレゼントしてくれた。「これでイタリア語の勉強を頑張ってください」と微笑む。私は普段ほとんど漫画を読まないが、その真っ直ぐな親切心をとてもありがたく感じている。
今回は、ルイージさんから教わったフレーズを紹介する。
Non ti preoccupare!(ノン ティ プレオックパーレ)→心配しないで!
遅刻してきた友達に使うことが多いそう。ルイージさんは「人間はコンピューターではないので、私は怒りません」と言う。ルイージさん自身も約束の時間に遅れて到着することが多い。相手にも自分にも時間に寛容なのである。
■なかざわ ともさんプロフィール
1994年生まれ、東京在住のイラストレーター。学習院大学文学部卒。セツモードセミナーを経て、桑沢デザイン研究所に入学。卒業後、イラストレーターとして活動を開始。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?