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アベノミクス祭りは日本経済の遅れを決定的にした

アベノミクスは何を殺したか

 経済が良いか悪いかは人によって受け取り方が違う。株価が上がって儲けた人、円安で収益を上げた企業、輸入価格が上がって苦しくなった商店、物価は上がったが賃金が上がらぬ労働者。しかし大方の日本人は、日本の経済的地位が先進国のなかで大きく後退している、成長がずっと止まっているなどに関心がない。アベノミクスについても、深く考えている日本人は多くはないだろう。

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原 真人 著『アベノミクスは何を殺したか』(朝日新聞出版)

 しかし、そんなことを言ってはおられない。日本経済の停滞を決定的にして、そこからの脱却を難しくしたのがアベノミクスだと著者は警告する。 アベノミクスは安倍晋三元首相が主導した経済政策のニックネームだ。それを広めたきっかけを作ったのがこの本の著者、朝日新聞編集委員の原真人氏だ。米国レーガン大統領の経済政策をレーガノミクスと呼んだが、それをもじって朝日新聞のコラムに書いた。その後、安倍氏自身が使って「お墨付き」のニックネームとなった。

 首相官邸のホームページによれば、デフレからの脱却と富の拡大を目指したのがアベノミクスで、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢の経済政策を表す。政府は、徐々に効果を表しているという立場だが、著者は、これは異端の経済政策で、日本の経済を危うくしていると主張する。

 著者がアベノミクスの本質として指摘するのは安倍氏が講演や選挙演説で「輪転機をくるくる回して、日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう」という発言だ。黒田日銀総裁によってこれが実際に行われ、その刷ったお金を政府が使ってきた。

 アベノミクスの原点は米国の経済学者、クルーグマンMIT教授の論考「日本の罠」にあるという。日本は「流動性の罠」に陥っており、財政政策や構造改革では抜け出せない。マイナス金利まで生み出し、人々に「インフレ期待」を作り出すことが必要だとした。

 日銀は1999年にゼロ金利政策に乗り出す。その後、このリフレ論を大々的に前面に押し出したのが第二次安倍政権だった。

 クルーグマン教授はニューヨーク・タイムズにコラムを書いており、それが日本では朝日新聞に転載され、歯切れのよい政治、経済時評は人気があった。2008年にはノーベル経済学賞を受賞、カリスマ的存在となった。教授は安倍官邸に招かれ、アベノミクスにお墨付きを与えた。勢いを得た「リフレ派」の声は大きくなり、それに否定的な大多数の経済学者などは、安倍氏を支持するネット右翼の標的となり、SNSで炎上した。

 じつはクルーグマン教授はその後の2014年には「日本への謝罪」と題して「日本の政策を痛烈に批判してきたが、謝らなければならない。欧米も日本と同じような不況に陥っている」とホームページに書いた。

 本書は13人へのインタビューを中心に、それに注釈を加える形でアベノミクスの本質に迫ろうとする。リフレ論と論争した翁邦雄・元日銀金融研究所長、白川方明・元日銀総裁、中曽宏・元日銀副総裁、門間一夫・元日銀理事、佐伯啓思・京都大学名誉教授、柳澤伯夫・元金融担当相、水野和夫・法政大学教授などである。幅広い識者と、日銀に直接関わった人物に聞いている。

 日銀はどんどんお金を刷っているが円が暴落するリスクはないか。これに門間元日銀理事は「戦争や自然災害など他の理由で暴落する可能性は否定しませんが、日銀が国債を500兆円持っているという理由で暴落することはありません」と答える。では、何らかの理由で長期金利が上がったら、政府の利子負担が増えるのでは?

「どういう理由で上がるかによると思います。日本の潜在成長率が上がって長期金利が上がるのなら、税収もガバガバ入ってくるので問題ないでしょう」

 ずいぶん楽観的だ。台湾有事、北朝鮮のミサイル、富士山噴火、南海トラフ地震などの危機管理が言われている。経済が急成長して税収も入る、などとはちょっと考えにくい。ほんとうに、国債はいくらまでなら大丈夫なのか。

 興味を引いたのは、白川・元日銀総裁の発言だ。

 白川氏は安倍政権下では厳しい批判にさらされた。そして登場したのが黒田総裁である。

 白川氏は退職後の再就職も難しかったと言われていた。発言も控え、メディアの取材にもほとんどコメントしていなかった。「モノ言えば唇寒し」の状態だったと言われた。

 著者の原氏もアベノミクスの批判者として攻撃の的となっていた。ネット上では中傷の集中攻撃を受けていた。黒田総裁の記者会見では、質問に手を挙げても指名されることはほとんどなかった。

 その白川氏の発言は控えめだが含蓄がある。正しいアジェンダは何かと問われ、

「最も重要なのは超高齢化への対応と生産性向上です。金融緩和とは、将来需要を『前借り』して『時間を買う』政策です。一時的な経済ショックの際、経済をひどくしないようにすることに意味があります。でもショックが一時的でない場合、金融政策だけでは問題は解決しません」
「少なからず政治家は問題を十分認識していますが、痛みを伴う改革は国民に不人気です。金融政策なら、選挙と関係なく中央銀行が決められます。そうなると、誰も異を唱えない金融緩和が好まれがちになります」

 そして、懸念として「社会の分断が非理性的な政策を通じて経済停滞をもたらす」と指摘する。

 白川氏は2021年、英国貴族院(上院)の公聴会にオンラインで参考人出席し、「量的緩和」について率直に答えている。超金融緩和を続けることは結局「将来需要の前借り」に過ぎないと言っている。

 著者がアベノミクスの問題点として結論付けているのは、根源的課題が人口減少、超高齢化社会の到来、財政悪化、社会保障の劣化、日本経済の成長力鈍化なのに、アベノミクスは問題を先送りしていくための国債買い支えに過ぎないという。これは白川氏の問題提起でもある。





 


  • 書名 アベノミクスは何を殺したか
  • サブタイトル日本の知性13人との闘論
  • 監修・編集・著者名原 真人 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2023年7月13日
  • 定価1,045円(税込)
  • 判型・ページ数新書・356ページ
  • ISBN9784022952219

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