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異例の売れ「安倍回顧録」 歴史法廷への「陳述書」となりえているか

N.S.

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安倍晋三 回顧録

 政治家の回顧録としては異例の売れ行きを示している。2022年7月に凶弾に倒れた安倍晋三元首相が36時間に及ぶインタビューに応じた内容をまとめた『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)は2023年2月10日に初版が刊行されるとすぐに重版がかかり、2月下旬には一時、書店から姿を消すほどだった。

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 国民からすれば支持不支持の激しい対立があった政治家であることで、本書を読む読者の動機も様々だとは思うが、ここまで売れる理由を知りたくて手に取る人もいるのではないかと思うほどのベストセラーである。出版界におけるひとつの事件ともいえるだろう。確かにそれだけの内容ではある。

 安倍氏は、日本の憲政史上最長の首相在任期間を記録した後、体調の悪化を理由に2020年8月に辞意を表明。本書によれば、インタビューはその直後の2020年10月から1年かけて18回、36時間に及んだ。

共通する中央官庁への不信

 2022年の初めには出版の予定だったが、安倍氏から「待った」がかかったと本書は明かす。「内容があまりに機微に触れるところが多いので躊躇された」と聞き手は推測するが、実際の内容は「機微に触れる」どころではない。安倍氏は政治の様々な局面での自分が見聞した事実だけでなく、そのときの自分の考えと感情をはっきりと吐露している。

 全編に共通しているのが、霞が関の中央官庁とその官僚に対する安倍氏の「不信」である。本書冒頭は新型コロナウイルス感染症の初期対応の回想から始まるが、「厚労省は、思考が停止していました」と言い切る。

 その後も、他の官庁に対するあからさまな批判が頻繁に出てくる。

「財務省の説明は破綻しているのです」
「財務省が準備する答弁資料は、全く話にならないのです」
「外務省に任せていたら、どうなっていたか分かりません」

 まさしく枚挙にいとまがないというのはこのことだ。その極めつけともいえるのが、多くのメディアでも取り上げられた、森友学園をめぐる国有地売却問題に関する安倍氏の財務省に対する言及である。

 森友問題は、大阪の国有地を不当に安く売却したことが安倍氏夫妻への忖度ではないかと国会でも追及され、その後、記録の改ざんや財務省職員の自殺なども明るみに出て、財務省批判と同時に安倍政権の危機といわれた。この事件について、安倍氏はインタビューにこう言い切るのである。

「森友問題は財務省の策略の可能性」

「私は密かに疑っているのですが、森友学園の国有地売却問題は、私の足を掬うための財務省の策略の可能性がゼロではない」

 ほかにも、消費税増税をめぐって財務省が公明党の支持母体である創価学会や自民党の反安倍派と組んで次の政権への準備を始めることを画策していたようだとも言及している。首相を辞めてわずか1年、なお最大派閥のボスとして政治に大きな影響力を持つ人物の発言としては異様であろう。ちなみに、これらのインタビューを収めた個所には「安倍政権を倒そうとした財務省との暗闘」との見出しが掲げられている。

 安倍氏亡き後の出版としても、多くのメディアがこの発言を取り上げているくらいだから、この内容が当初の予定通りに、安倍氏が生きている間に明らかになっていたら、メディアも霞が関も大騒ぎになり、新たなスキャンダルに発展した可能性もある。さすがに安倍氏もそれは避けたかったのか。結果として、安倍氏にこれらの発言の真意を問うことはもはやできない。

 一方、大半の中央官庁が槍玉に上げられるなかで、経済産業省と警察庁には大きな信頼を置いていたことを安倍氏は隠していない。本書に頻繁に登場し、安倍氏の右腕とされた今井尚哉政務秘書官(当時)が経産省出身であり、本書の監修者でもある北村滋内閣情報官(後に国家安全保障局長、いずれも当時)が警察庁出身であることと関係していることも明らかにしている。安倍政権というものがどういう官僚機構の上に乗っていた政権だったかを、当事者本人が明確に位置付けているともいえる。

「令和」の前に官邸幹部が勧めていた元号

 ほかにも、自民党総裁選をめぐる駆け引きやトランプ米大統領をはじめ各国のトップの実像と肉声など、本書には興味深いエピソードも多い。平成天皇の生前退位に伴う新しい元号の決定について、官邸幹部が勧めてきた幻の元号(本書では実名)を拒否した理由なども興味深いものがある。

 本書の聞き手の2人は、安倍政権の政策を擁護することの多かった読売新聞の幹部であり、発行元は読売グループに属する出版社である。ただ、安倍政権に対する批判的な指摘について、かなりの頻度で質問をしてはいる。ただ、その追及の仕方や反論について、様々な指摘があるだろう。

 聞き手たちは、安倍氏死去の四十九日の喪が明けた後、妻昭惠氏にあらためて出版の許可を取りに行き、快諾を受けたと本書で明らかにしている。そしてこの回顧録を、「歴史の法廷に提出する安倍晋三の『陳述書』」と位置付けている。

 一方、当然ながら、この回顧録では、安倍氏が深くかかわり、命を奪われた背景である旧統一教会問題には全く触れられていない。憲政史上最長政権の背景に、旧統一教会との長年にわたる安倍氏を中心とする自民党との関係があったことを解明することは戦後政治を考察するうえで、最も重要なテーマとなるだろう。

 歴史の法廷が政治家安倍晋三を裁くための客観的な証拠としては、本書はまだその一端にすぎない。





 


  • 書名 安倍晋三 回顧録
  • 監修・編集・著者名安倍晋三 著/橋本五郎/尾山宏 聞き手/北村滋 監修
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2023年2月 8日
  • 定価1,980 円 (税込)
  • 判型・ページ数四六判・480ページ
  • ISBN9784120056345

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