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できなきゃ地獄行き? 「家事」こそがあなたの老後を救う最終手段

Mori

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家事か地獄か

 やってもやっても終わりがなく、どれだけ労力をかけようと1円にもならない。だからと言って、やらなきゃやらないでストレスが溜まる。一家の主婦である記者にとって、家事とはそういうもので、「面倒」の代名詞だ。

 そんな考え方を180度とまではいかないが、90度くらい変えてくれたのが、「アフロ記者」こと稲垣えみ子さんの著書『家事か地獄か』(マガジンハウス)である。

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 稲垣さんによると、家事とは「自分で自分の機嫌を取ること。自分を大切にすること」であり、「我先にと『取り合う』べきもの」だという。さらには、お金よりも家事こそが、豊かで幸せな暮らしを約束してくれる、「人生の必需品」である、とまで書いている。料理や掃除、洗濯、その他「名もなき家事」の一体どこにそんな魅力が......?

「アフロ記者」50歳で退職→生活が一変

 7年前に50歳で朝日新聞社を退職した稲垣さん。会社員時代は「モノにまみれ、モノに執着することこそが人生の原動力だった」という。おしゃれをすることが大好きで、毎シーズン新しい服を買い、部屋探しの条件は広くて収納が充実していること。さらには美食家で、様々な料理を食べ歩くだけでなく、自分でも作るために冷蔵庫はいつも食材であふれ、スパイスや調理道具がどんどん増えていった。必然的に洗濯物の量は増え、部屋を片づけるのも一苦労、料理も買い物から調理、片付けまでどの工程も大変すぎて、「家事なんてこの世からなくなればいい」とさえ思っていたという。

 ところが、会社を辞めて定期収入がなくなったことをきっかけに生活は一変。まずは家賃を抑えるため、狭いうえに収納ゼロのワンルームに引っ越した。さらに、福島の原発事故を機に電気の使用量を可能な限り減らすべく家電を一つずつ手放し、掃除機も炊飯器も冷蔵庫もなし、ついでにガス契約もなしのフリーランス生活を始めた。

 いくらなんでも極端だし不便すぎやしないかと思うが、この「超」のつくミニマリスト生活によって、稲垣さんは、「家事をたいへんにしていたのは、ほかならぬ自分自身だった」と気づく。

 モノのない暮らしぶりを参考にしようと東京・両国の江戸東京博物館へ出かけて貧乏長屋を見学したり、片づけの第一人者、こんまり(近藤麻理恵さん)のメソッドを学んだり、研究熱心で、やることがとにかく徹底している。服を9割減らし、タオル類はフェイスタオル1本残して全捨て、化粧品もヘアケア製品も全捨て、掃除用小物は雑巾一枚残して全捨て......といった具合に、「究極、どこまでものを減らせるか」に挑み、お風呂は銭湯を使い、食事は一汁一菜に。そうして1日たった40分で終了する「ラク家事」生活を確立した。

 稲垣さんは、「便利に頼らない」「可能性を広げない」「分担をやめる」の3つを「ラク家事の3原則」として挙げている。その真意は本書に譲るが、要は「欲に振り回されず、自立してシンプルに生きる」ということだと書いている。

 とりわけ耳が痛かったのは、稲垣さんがこれまで買い続けてきた服や化粧品は「もっとすごい私」になるための「外見を取り繕うためのグッズ」だったと気づいたというこの一節だ。

 「今持っていない新しい服を着ることで、自分をバージョンアップ、あるいはリニューアルしたかった。逆に言えば、そうして自分を「盛って」いなけりゃ世間に認められないと信じ込んでいた。私は今の私のままじゃダメなんだと思っていたのである。」

 もちろん、おしゃれは自分らしさを表現する手段の一つではあるけれど、毎シーズン新しい服を買う必要はない。毎日同じ服を着ていようが、心地よく満足していられること、自分は自分であってよいのだと思えることこそ、おしゃれの目的なのではないだろうか、と稲垣さんは問うている。バーゲンが始まるとつい「買わなきゃ損」と新しい服を買い、その服に似合う自分になれなくて、また新しい服を買う、という「最大の無駄」を繰り返していたことを大いに反省した。

社会問題も万事解決?

 多くのミニマリスト本には、モノを減らすことで、自分が本当にやりたかったことが見つかり、自己肯定感を得られる、と書かれている。そういう意味では本書も同じ系統の自己啓発本のようにも思えてくるが、やはりそこは稲垣さん。最後に社会への提言をまとめている。

 曰く、いま問題とされている長時間労働も格差問題も少子化も老後不安も、すべて「お金がなければどうにもならない」のに「十分なお金が手に入らない」という矛盾に基づいている。国家レベルで「お金が足りない」というシビアな現実を何とかするには、「お金以外の我らを幸せにしてくれる手段」を探さねばならない。それこそが「家事」であり、全世代が自分で自分の面倒をみることができれば、お金がなくても、今も将来も安心して幸せを手に入れられるはず、と稲垣さんは主張する。

 「生まれてくる時代や環境を選ぶことは誰にもできないけれど、どんな状況に置かれても誰だって自分で自分を幸せにすることができるし、そう信じられることこそがこの混沌とした現代のリアルな希望だと私は思う。」

 1円にもならないと思っていた家事が、あらゆる社会問題の出口戦略になろうとは思ってもみなかった。まずは個人レベルで貢献すべく、今シーズンはバーゲンへ行きたい気持ちをぐっとこらえて、着ない服であふれたクローゼットを整理しようと心に誓った。

 ......いつか時間ができたら、今度こそ、きっと。


■稲垣えみ子さんプロフィール
いながき・えみこ/1965年生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞社で大阪本社社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員を務め、2016年に50歳で退社。以来、都内で夫なし、子なし、冷蔵庫なし、ガス契約なしのフリーランス生活を送る。『魂の退社』『もうレシピ本はいらない』『一人飲みで生きていく』『老後とピアノ』など著書多数。



  • 書名 家事か地獄か
  • サブタイトル最期まですっくと生き抜く唯一の選択
  • 監修・編集・著者名稲垣えみ子 著
  • 出版社名マガジンハウス
  • 出版年月日2023年5月25日
  • 定価1,650円 (税込)
  • 判型・ページ数四六判・272ページ
  • ISBN9784838732418

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