「目を閉じた状態で足の指を触られると、どの指かわからなくなる」という体験をしたことはないだろうか。普段、当たり前に自分の意思で動かしたり、ものを触って知覚したりしている私たちの「からだ」が、実は不確実なものだとしたらどうだろう。
『からだの錯覚』(講談社)は、その名の通り、自分のからだが実際と違って感じられる錯覚について解説した本。著者の認知心理学研究者・小鷹研理(こだか・けんり)さんは、「注文の多いからだの錯覚の研究室」の主催者だ。本書によると、たとえば「他人の手が自分の手のように感じる」「腕が何メートルも伸びているように感じる」といった錯覚が起こりうるのだそう。本当にそんなことがあるのだろうか?
本書から、「他人の手が自分の手のように感じる」錯覚を起こす、《トントンスワップ》という実験をご紹介しよう。ぜひ家族や友人と試してみてほしい。1台の机に2人で向かい合って座り、お互いの一方の手を、なるべく近距離で、手の甲が上になるよう机に置く。そして、もう一方の手の指の腹で、タイミングがちょうど一致するように、相手の手の甲を「トントン」とタップする。まずは目を開けた状態で、合わせるのが難しければ音楽やメトロノームを使って練習する。
タイミングを合わせられるようになったら、目を閉じて、1分間ほどタップを続ける。すると、「自分の手をタップしている」と錯覚するのだ。ただし、タイミングがずれていたり手の距離が離れていたりすると錯覚を感じるのは難しい。より簡単な、タイミングを合わせなくてもいい方法として、お互いの人差し指をぐりぐり転がす《グラグラスワップ》という実験も本書では紹介されている。
こうした錯覚は、他人ではなくモノに対しても起こる。ゴム製の手を目の前に置き、自分の手を衝立で隠し、同じタイミングで触られると、ゴムの手が自分の手であるかのように感じるというものだ。これは、研究の用語で「ラバーハンド錯覚」と呼ばれる。
また、「腕が伸びる」錯覚はVR(バーチャル・リアリティ)と相性がいい。たとえば《アンダーグラウンドダイバー》というVRシステムでは、現実の鉄棒にぶら下がると、映像上でアバターの腕がゴムのように伸びて、現実の腕も伸びているかのような錯覚を感じる。アバターが自分のからだであるように感じるのは、いったいなぜなのだろうか?
ほかにも、「手が軟体動物のようにグニャグニャに感じる」「逆に、手が石のようにカチコチに感じる」実験や、「飛んだことがないのに、夢の中で空を飛べるのはなぜか」「幽体離脱をしたことがある人は、ある"能力"が高い」などといった謎にもせまっている。
小鷹さんは10年以上の間、からだの錯覚の「不気味な誘引力」に魅せられて研究を続けてきたという。その不気味さは、目の錯覚のようにただ不思議なだけではなく、「きもちわるさ」がともなっているところにある。他人の手やただのゴムのかたまりが自分の手であるように感じるのは、どこか「きもちわるい」体験ではないだろうか。間違いなく自分のものだと思っていたこのからだは、本当は......? 不気味なのに、どの実験も今すぐ試したくなってしまうのがまた不思議だ。
■小鷹研理さんプロフィール
こだか・けんり/名古屋市立大学芸術工学研究科准教授。工学博士。2003年京都大学総合人間学部卒業。京都大学大学院情報学研究科、IAMAS、早稲田大学WABOT-HOUSE研究所を経て、2012年より現職。野島久雄賞(認知科学会)、Best XR Content Award(ACM Siggraph Asia)、世界錯覚コンテスト入賞(2019-2021)など多数受賞。
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