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「生きづらい」男女4人が共同生活。この小説は、読むセラピーかも。

死にたいって誰かに話したかった

「この人生でまともなものは、何も手に入らない。」

 南綾子さんの小説『死にたいって誰かに話したかった』(双葉社)は、どん底に突き落とされて人生に絶望し、それでも生きることを選んだ20代から40代の男女4人が、「生きづらさを克服しようの会」(略して「生きづら会」)を結成して共同生活を始めるストーリー。

 一瞬ドキッとするタイトルだ。ただ、「死にたい」と思うのは珍しいことではなく、話せる相手が見つからないという人もいるだろう。「読んでいるうちに『生きづら会』に入った気分になる」。そんな感想や共感の声が、本書に多く寄せられているという。

「生きづらい。ここ数年、この言葉がたびたび、口からぽろりとこぼれてくる。何にもうまくできない。人とのコミュニケーションも、仕事も、なにもかも。」

何かが変わるかもしれない

 呉田奈月(くれた・なつき)、もうすぐ37歳。人付き合いが苦手で、友人も恋人もいない。人に不愉快な思いをさせないよう、重々気をつけて生きているのに報われない。

 人の役に立ち、感謝される仕事につけば、認めてもらえるのではないか。そう考えて看護師を志したものの、いざ働き始めると、感謝されるより迷惑をかけることのほうが圧倒的に多かった。しまいには、重大なミスを犯して自主退職を促される始末。いまは別の病院で事務をしているが、「なんか違うんだよね」......かけられるのはそんな言葉ばかり。

「生きづらい」――。この気持ちを、誰かと分かち合いたい。話を聞いてもらい、生きづらい気持ちを理解してほしい。奈月はふと、「生きづらさを克服しようの会」なるものを立ち上げることを思いつく。チラシを作り、勤務先にこっそり置いてみることにした。

「生きづらさ、人生のうまくいかなさ、そういったことを語り合ってみませんか。たとえ克服できなくても、語り合うことで何かが変わるかもしれません。」

 そんなある日、母親から電話がかかってきた。いつもどおり無視してから、留守電を聞く。すると、自分は結婚するから、実家に戻って引きこもりの兄の面倒を見てくれないか、というメッセージが残されていた。

「こんな生きづらい人生が、あと何年続くのか」――。奈月はうんざりした。

誰かと分かち合えたら

 兄を見捨てるという選択肢を考えなかったわけではないが、できるはずもなく、奈月はしぶしぶ実家に出向いた。腐敗臭が漂い、ほこりとゴミまみれ。家中の片付けと、人の3倍食べる兄の食事の世話を、これからしなければならない。

 奈月は絶望した。白馬の王子様はおろか、話し相手すら自分の人生には現れない。"ひょん"な出会いなど、ありはしない。「死にたい」と口にした瞬間、スマホが鳴った。「生きづら会」のチラシを見た男性からの連絡だった。

 郡山雄太(こおりやま・ゆうた)、29歳。奈月と同じ病院で清掃のアルバイトをしているという。見た感じ、恋人は1度もできたことがないのかもしれない、と奈月は思った。ネットカフェで暮らしているという雄太に、うちに住みませんかと声をかける。え、そんないきなり......?

 雄太は恋愛に対するこだわりが強く、恋愛こそが生きる目的だと信じていた。妄想癖があり、ややストーカー気質でもある。しかし、現実は妄想には程遠く、彼女ができることも友人に囲まれることもない。何もかもうまくいかず、人生終わったと思っていた。

「俺は、生きづらかったんだ、と気づいたのは、あのチラシを見たときだ。生きづらい、それだ、と思った。(中略)同じ生きづらさを抱える誰かと、この苦しみを、つらさを分かち合えたら、どんなにいいかと心から思った。」

名前のない関係でも

 その後「犯罪者」と「泥棒」が「生きづら会」に加わり、5人(引きこもりの兄を含む)がひとつ屋根の下で暮らすことになる――。

「生きづら会」とは、どんなことをする会なのだろうか。「男が~」「女が~」などの一般論ではなく、自分の話をする。聞く側は、口出しも否定もしない。それがルールだ。毎回テーマが出され、思い思いに語り、静かに聞く。つらい過去も恥ずかしい過去も。聞きながら思い出したことがあれば、また語る。

 読者は4人の輪の中に入り、彼らの語りを聞きながら、過去を振り返ったり自分と向き合ったりすることになる。ずっと求めていた「誰か」と出会い、自分も「誰か」にとっての「誰か」になる。友人でも恋人でも家族でもないつながり。

「いつか、その名前に似つかわしくない関係になってしまうときがくるかもしれない。だから必死に相手をつなぎとめようとして、苦しむ。名前さえ決めなければ、そんな苦しみも覚えずに済むということだろうか。そういう相手が一人でもいれば、孤独をそこまで恐れなくてもいいのだろうか。」

 本書は、生きづらさを「誰か」と分かち合いたい人のための「セラピー」のような小説。タイトルからは想像できない、生き生きとした文体が印象的だった。読後、タイトルを見たときの感じ方が変わるだろう。こんな会があったらいいな、と思いながら読んだ。

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■南綾子さんプロフィール
みなみ・あやこ/1981年愛知県生まれ。2005年「夏がおわる」で第4回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞しデビュー。『ダイエットの神様』『結婚のためなら死んでもいい』『タイムスリップしたら、また就職氷河期でした』など著書多数。




 


  • 書名 死にたいって誰かに話したかった
  • 監修・編集・著者名南 綾子 著
  • 出版社名双葉社
  • 出版年月日2023年1月15日
  • 定価770円(税込)
  • 判型・ページ数A6判・280ページ
  • ISBN9784575526332

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