今、日本でもっとも話題の校長先生といえば、工藤勇一さんだろう。2014年から東京都千代田区立麹町中学校の校長として、宿題や定期テスト、学級担任制など従来「当たり前」とされてきたことを次々と廃止し、教育改革を実行してきた。横浜の私立中高一貫校に移った今も、教育現場から社会を変えていこうと奮闘する工藤さんの新著が『考える。動く。自由になる。―15歳からの人生戦略』(実務教育出版)だ。
発売を記念して、学習塾「花まる学習会」代表の高濱正伸さんとオンライン対談を行った。高濱さんは「メシが食える大人に育てる」という理念のもと、1993年に同塾を設立。著書『13歳のキミへ』(実務教育出版)は10万部を突破している。
先進国の中でも断トツで自己肯定感が低い日本の子どもたち。「不幸な大人」にならないために今、やっておくべきこととはなにか、親や教師はどう寄り添っていけばいいのか、学校と塾、それぞれのフィールドで活躍する二人の教育界の雄が語ったこととは。
対談は、「自分と他者」「学校と社会」「勉強と学び」という3つのテーマで行われた。キーワードになったのが「対話」だ。
思春期の子どもたちが悩む友だちとの関係について、工藤さんは、親や教師など大人が使うさりげない言葉、たとえば「友だちと仲良くしなさい」と当たり前のように口にすることが、子どもたちを苦しめていると指摘する。
「僕がよく子どもたちや保護者の皆さんにお話しするのは、『みんなちがってみんないい』って、なんか素敵なことばのように聞こえるけれど、つまりは『対立を受け容れる』ということだから、それってけっこう苦しいことですよと。違う人間同士、分かり合うためには苦しいのが普通で、仲良くなれないのが普通なんです。」
確かに、私たち大人は「多様性を認め合おう」「みんな仲良く」という文脈で、「相手のことを考えなさい」「自分がされて嫌なことはしてはいけない」と言いがちだ。しかし工藤さんは、「自分がされて嫌なことが相手も嫌だとは限らないし、逆に自分がしてほしいことを相手もしてほしいとは限らない」と言う。「自分と相手は違うから、価値観も考え方も違う。ぶつかり合うのが普通なんです。肝心なのは、ぶつかった時にどうやって合意するかを教えることなんです」。
高濱さんも、自分たちが子どもの頃は「ケンカをするのが当たり前だった」と言い、著書の中でも「世の中に嫌なヤツは、いっぱいいる」と書いている。
キミたちに今、いちばん伝えたいのは、「嫌なことをしてくる人がいっぱいいるのが人生だ」ということ。そもそも「合わない」んだから、そこをなんとか合わせていくのが生きるってことの中心にあるってこと。(『13歳のキミへ』より)
表現は違うが、二人とも「合意する方法」を身につけることが友達関係においても、ひいては社会に出ていくうえでも大切だとし、そのために欠かせないのが「対話」である、という意見で一致した。
対談後は、中高生や保護者、教員などから寄せられた質問や悩みに二人が回答。ここでも「対話」がキーワードになった。
「子どもの教育について、夫婦が真逆の考え方を持っていると子どもは混乱すると思うのですが、夫婦間の対話と合意形成について教えてください。とくに相手が感情的な場合はどうすれば?」という質問に対し、高濱さんは、「教育方針としつけについては、夫婦が破滅する理由のビッグ2って言えるくらい(よく話題に上がる)」と言い、「中学受験をするしないとか、結論から言えばどっちだって大丈夫なんですよ。ただ、特に子どもが小さいうちは、どちらかはっきりしてほしいもの。お互いが大人になってしっかり話し合い、結論を出すのがいいと思います。条約成立に近いところがあって、まさに対話が大事。言い合っているうちは花で、この人に何を言ってもムダとなってしまったら苦しくなりますから」とアドバイスした。
一方、工藤さんは、少し違う角度から次のように回答。
「もちろん意見が一致したほうがいいけれど、感情的になってうまくいかないなら、考え方を変えてみるのもいいかもしれません。もう一致しないものだと割り切る。ただし子どもには、お父さんとお母さんの考え方は違うけど、君のことを思って言っていることはまちがいないよとか、お互いにフォローの言葉を言えるといいですね」
そして、学校説明会などで小学6年生の保護者によく話すのは「子育てとはどう手をかけるかではなく、どう手放すかということ」だという。「子どもが中学校に入学してから、親が手をかけられるのは、せいぜいあと6年。大事なのは、その6年で子どもが一人で歩いて行ける力をつけさせることです。良かれと思って一生懸命に手をかけた結果、親子関係が崩れ、子どもに憎まれてしまうことも。そうならないために、何をするのか。それは、夫婦で話し合えばおのずと答えが見つかると思います。一番大事なのは、『憎しみ合わないこと』ということだけは一致したほうがいい」。この意見には、高濱さんも大きく頷いていた。
工藤さんの著書『考える。動く。自由になる。―15歳からの人生戦略』は、正解のない時代に必須の「生きる力」を育む子ども向けの哲学書だ。義務教育を終え、自分の意志で進路を決定していくスタートラインに立った15歳の子どもたちが、自分で考え、自分だけの正解を見つけられるよう、読むことで「考える」「動く」「自由になる」練習ができる構成になっている。
同じく実務教育出版から2011年に発売されて以来、版を重ね、今年3月にカバーデザインを一新して刊行された高濱さんの『13歳のキミへ』は、小学6年生への花まる学習会卒業記念講演で語った内容をもとに、子どもたちが中学高校時代にぶつかりそうな壁や悩みへの考え方と、自分を鍛える視点などをまとめたもの。学校の先生や親では伝えきれない、自立した大人に育つためのメッセージを熱く語っている。
いずれも子どもに向けて平易な文章で書かれているが、親や教育関係者はもとより、あまねく大人に気づきをくれる内容だ。
また、今回の対談の模様はYouTubeでも公開されている。子どもたちの自己肯定感を育むために、大人には何ができるのか。そして、よりよい社会を実現していくために、どんな教育が必要なのか、たくさんのヒントが詰まっている。
<プロフィール>
■工藤勇一さん
くどう・ゆういち/横浜創英中学・高等学校校長。
1960年山形県鶴岡市生まれ。東京理科大学卒業。山形県と東京都の公立中学校教員から教育委員会を歴任後、千代田区立麹町中学校長に着任。宿題や中間・期末テスト、学級担任制を廃止するなど独自の改革で話題となる。2020年4月より現職。著書に『学校の「当たり前」をやめた。』(時事通信社)、『改革のカリスマ直伝!15歳からのリーダー養成講座』(幻冬舎)、『子どもたちに民主主義を教えよう――対立から合意を導く力を育む』(共著・あさま社)などがある。
■高濱正伸さん
たかはま・まさのぶ/花まる学習会代表。NPO法人子育て応援隊むぎぐみ理事長。算数オリンピック作問委員。日本棋院理事。環太平洋大学特任教授。
1959年熊本県人吉市生まれ。東京大学農学部卒、同大学院農学系研究科修士課程修了。1993年に学習塾「花まる学習会」を設立、95年には小学4年生から中学3年生を対象とした進学塾「スクールFC」を設立。著書に『中学生 中間・期末テストの勉強法』、『中学生 高校入試のパーフェクト準備と勉強法』、『だれもが直面することだけど人には言えない 中学生の悩みごと』(以上、実務教育出版)などがある。
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