トイレのことを「お手洗い」と呼ぶことがある。普段何げなく見聞きしているこれ、実は言葉の表現技法=「レトリック」の一つだ。
レトリックといえば、「比喩」や「擬人法」などは学校で習ったのでは。「お手洗い」の技法とはいったい? 作家のながたみかこさんの著書『ふだん使いの文章レトリック たとえる、におわす、ほのめかす!?』(笠間書院)で、多種多様なレトリックを、具体例をまじえて解説している。
■婉曲(えんきょく)法:言いづらいことを遠回しに伝える
「お手洗い」に使われているレトリックは、そのものずばりの言葉を使わず、かわりに遠回しの言葉で表現する「婉曲法」。縁起が悪い言葉や下品な言葉などを避けるために、マナーとしてよく使われる。
トイレの婉曲表現は数多い。「お手洗い」のほかにも、「化粧室」という言い方もよく使われている。案内がピクトグラムのみという場合もある。ピクトグラムも、エレベーターや非常口などはその設備の形を描いているが、トイレはほとんどの場合男女のシルエットのみ。これもまた現代の婉曲法と言っていいのかもしれないと、ながたさんは書いている。
さらに時代をさかのぼると、「ご不浄」「はばかり」「閑処」「手水場」などの言い方も。日本人が排泄行為(これも婉曲表現)に恥じらいを感じ続けてきたことがよくわかる。
ほかには、死を表す「旅立つ」「帰らぬ人となる」「鬼籍に入る」「お迎えが来る」「永眠」など、高齢を表す「熟年」「人生の黄昏」「シルバー」などの例が思いつく。「するめ」を「あたりめ」と言う、「終わる」を「お開きにする」と言うなどの「忌み言葉」も婉曲法の一つだ。
■含意(がんい)法:因果関係にあるもので表す
子「お母さん、お腹すいたー!」
母「今、パンケーキが焼けたところよ」
子「やったー!」
何でもない日常的な会話だが、ここには「含意法」というレトリックがひそんでいる。子の「お腹すいた」という言葉を「何か食べたい」という意味だと母が読み取り、母の「パンケーキが焼けた」という言葉を「パンケーキを食べなさい」という意味だと子が読み取る。2人とも伝えたいこととは違う言葉を使っているのに、真意はきちんと相手に伝わっている。
含意法は、このように別の言葉から相手に推測させる技法。婉曲法では比喩や見立てなどを使って「言い換え」をするのに対して、含意法は「みなまで言わず、相手に察してもらう」表現といえる。
含意法を定義づけするならば「原因を悟らせたいために結果を伝える」あるいは「結果を悟らせたいために原因を伝える」技法といったところでしょう。
ほかの例は、公共のトイレでよく見る「いつもトイレを綺麗に使っていただきありがとうございます」という張り紙。「トイレを汚さないでください」という真意を、別の言葉で表現している。綺麗に使っていることを前提にお礼を言われているのだから、ストレートに指示されるよりも気持ちよく綺麗に使うことができる。ながたさんいわく、「含意表現がうまく人の心を動かす良い例」。
日常会話には省略が多い。あなたも知らないうちに、レトリックを使いこなしているのでは。『ふだん使いの文章レトリック たとえる、におわす、ほのめかす!?』では、このほか35種のレトリックを紹介している。
【目次】
はじめに
1章 喩えを使って言葉にできないことを伝える
2章 極端な表現でユーモアを交える
3章 語や音を繰り返して強く訴える
4章 リズムを整えて詩的に表現する
5章 直接的な表現をさけて推測させる
6章 独特の演出で人の心を捉える
7章 逆の言葉を使い深みを持たせる
8章 曖昧な表現で揺れる心情を暗示させる
9章 一語を複数の意味に使い同音の妙を演出
10章 言葉の位置を変えて意味を際立たせる
11章 音や流れを整えてドラマティックに
12章 先行の文献を生かし説得力を持たせる
引用文献一覧
参考文献
おわりに
■ながたみかこさんプロフィール
絵本や童話などの児童書のほか、一般文芸や作詞など幅広く手掛ける作家。言葉遊びや日本の民話、妖怪などの面白さを子供向けにわかりやすく表現する作品が多い。著書に『日本の妖怪&都市伝説事典』(大泉書店)、『こわくてふしぎな 妖怪の話』(池田書店)、『裏切りの日本昔話』(笠間書院)など。
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