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中国語に挫折した人必読 やはり日本人は中国語を学びやすい

N.S.

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中国語は不思議

 中国語を学習したことがあるという人は、意外と多いのではないだろうか。学生時代に選択した外国語のほか、仕事で必要になったり、漢文好きが高じたり、最近評判の中国版SFの原本に挑戦したという人もいるだろう。だが、途中であきらめたという声も少なからず聞く。

 評者も思い立ってNHKのラジオとテレビの講座を何度か聞いたことがあるが、覚えているのは「私は日本人です」レベルの中国語くらいだし、発音に至ってはまったく覚束ない。

 そんな死屍累々の挫折者たちが、もう一度中国語の扉を開くきっかけになるかもしれない一冊『中国語は不思議』が新潮社から出た。著者はお茶の水女子大学基幹研究院准教授の橋本陽介さん。帯によれば7か国語に精通した研究者だ。

 サブタイトルの『「近くて遠い言語」の謎を解く』を目にすると、小難しい学術書のようだが、橋本さんの中国語学習の苦戦ぶりや、中国人の不思議なモノの考え方や習慣もユーモアを交えて綴られており、中国人の「犬食い」の話から、犬を数えるときの単位(量詞)に至る文章は、中国語をめぐるエッセイといっていい。

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簡体字やピンインを俯瞰する

 漢字という共通の文字と漢文訓読という歴史を持つ日本人にとって、中国語は世界で最も身近な言語と言ってもおかしくないはずだ。一方で、その漢字の発音の難しさが最大の壁になり、さらに現在の中国語は「簡体字」という日本の漢字とは違う書体となっている。

 近寄りやすいと思って入り込むと、まるで迷路の森で右往左往しているような状態になり、気が付けばほうほうの体で森から逃げ出しているというのが実情だろう。評者も入門のときに、ひとつひとつ簡体字と発音表記のピンインを覚えていくうちに、めまいを覚えるような気になった記憶がある。

 本書は学習挫折者の気持ちを知ってか知らずか、簡体字やピンインの成り立ちや構造、法則性の全体像を俯瞰的に説明することから始める。実は、これが非常に見通しのいい中国語の入門になっている。わけもわからず、一から簡体字と発音を覚えていたことが、整理されて理解できるようになる。

 日本が漢字を受け入れてきた歴史も折に触れて解説されているので、やはり、日本語との関係は底流でつながっていると実感する。学習経験者はもちろん、これから学習しようとする人にとっても、自分なりのやり方で効率よく簡体字とピンインを身につける方法を見つけられるヒントがある。

 漢文の訓読の経験も無駄にはならないと思わせる個所もあり、とくに年配の学習者には心強い。たとえば、第七章のタイトルは「"是"は『コレ』である」だ。英語のbe動詞のように初級段階で学習する中国の「是」は、基本的に日本語で「これ」と解釈すると文の構造が理解できるというのである。漢文でも確かに「コレ」と訓読していた。そこに日本語との共通性もあることが示される。

漢文の経験も無駄にはならない

 考えてみれば、日本語の古文である『源氏物語』に比べれば、それよりずっと古い漢文の方が、漢字の意味さえ分かれば、すんなり頭に入ることもある。漢字の強力な意味の発信は昔も今も変わらないのだ。

 もちろん、語彙や文法など一筋縄ではいかない部分もある。過去形がないことをどう考えるかや、「流水文」という叙述法などは、入門者にとっては「不思議な中国語」の核心でもあり、正直に言って、ついていくのは簡単ではない。だが、日本人による中国文学の翻訳も相当に苦労していることなどが明かされると、気が楽になる。

 中国はいま、世界第2の経済大国となり、米国と覇を競い、台湾をめぐる緊張や海洋進出で日本との関係もかなり難しい局面にある。しかし、日本が他の地域に引っ越すわけにはいかないし、日本にいる外国人で最も多いのは中国人である。

 見渡せば、日本の街中には、表示や会話を含め中国語があふれていることに気づく。インターネットの世界でも、漢字で検索をすると、簡体字のコンテンツが表示されることすらある時代である。

 英語と並び世界で最も使用する人口が多い中国語に日本人は取り囲まれていると言っていいだろう。にもかかわらず、なお、中国語の壁は厚いと感じる。そこには、昨今の強権国家としての中国のイメージも影響していよう。

 しかし、4000年の歴史を持つ中国語が新たな形になり、世界中とつながっている言語空間が身近にあるのに、日本人の方が目と耳を塞いでいるのはもったいないと思う。中国語の世界に触れることは、私たち日本人が新たな視点で日本と世界を理解する機会を与えてくれると改めて思った。

 本書を読み終え、人生で何冊目になるかわからない中国語の教科書を買いに、近所の本屋に向かったのは評者だけではあるまい。





 


  • 書名 中国語は不思議
  • サブタイトル「近くて遠い言語」の謎を解く
  • 監修・編集・著者名橋本陽介 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2022年11月25日
  • 定価1,485 円 (税込)
  • 判型・ページ数四六変型判・208ページ
  • ISBN9784106038921

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