文学賞の表も裏も知り尽くしている人だから書けた本である。新潮社で著名作家の担当をしながら、5つの新人賞を立ち上げた佐藤誠一郎さんが、どうすれば賞の取れる小説を書きあげることができるかを手取り足取り教える『あなたの小説にはたくらみがない』を新潮社から出した。
小説を書きたいと思ったことがある人もない人も、小説家による創作の秘密をものした本を読んだことがあるかもしれない。最近はその種の本も多い。
だが、本書によれば、それを鵜呑みにするのは極めて危険ということになる。その理由について、「物語の女王」と称される作家の宮部みゆきさんの言葉「小説って何でもありだから」を引用して説明する。具体的な理由は本書に譲るが、そうした作家たちをも一刀両断にする佐藤さんの筆致を紹介したい。
佐藤さんによると、作家による「書き方本」は究極の自著解説であり、「作家が自著解説をするようになったらもうダメだ」と言い切っている。「書き方本」を著している作家先生方の名前を思い出しながら、こういうことを書いてしまう編集者の度胸に畏れ入った。
本書第一章でこのテーマが提示された後、一般的な小説創作のセオリーに疑問をさしはさむような章が続く。「『起承転結』はウソかも知れない」「安易な同時代性は無用」「ロジックで押し切らないという選択」などである。
もちろん、小説を書く視点の考え方、小説内の世界、時間の扱い方など、具体的なノウハウのアドバイスは、さすがベテラン編集者の言として重みがある。
さらに、各章の末尾には「コラム べからずの部屋」があり、新人にありがちな「やってはいけない」創作上の失敗が掲げられ、これに気をつければ文学賞の第一次選考は通過するかも、と思わせる。
だが、佐藤さんによれば、受験勉強のような「傾向と対策」は小説の世界にはないようなもので、これは最低限の作法というに等しい。
本書には当然、明治以降の文豪から現代のベストセラー作家まで、数多くの小説が素材として紹介される。それぞれの作品に込められた作家のテーマ、本書に即せば「たくらみ」が、なぜ多くの読者を捉えたのかを腑分けしてみせてくれる。すでに読んだ本が新たな相貌で立ち上がってくる印象があり、未読の本を読みたい衝動にも駆られる。編集者が描く文学史ともいうべき性格も持っている。
そうした中で、佐藤さんが現在の日本の小説をどう見ていているのかに言及したのが、最終章「小説の海に北極星はあるのか」である。
「私は、日本人がここ四半世紀ほどの間に、知らず知らず身につけてしまった小説観が、日本の小説を矮小化に向かわせたのだと考えている」
その「小説観」は本書で確認してもらうとして、題名の「たくらみ」に込められた著者の思いは、ここに現れる。そのときの「たくらみ」とは、文学賞を取って印税を儲けるという「企み」ではない。
これから小説を書こうとしている人も、いい小説を読みたいという人も、本書を手に取ることで、小説というものが持つ可能性をあらためて感じることができるだろう。
■佐藤誠一郎さんプロフィール
さとう・せいいちろう/1955年生まれ。編集者。東京大学文学部卒業。「新潮ミステリー倶楽部」他3つの叢書を手がけるとともに、「日本推理サスペンス大賞」をはじめ5つの文学新人賞を立ち上げた。日本冒険作家クラブ主催第1回日本赤ペン大賞受賞。
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