人気漫画『ブルーピリオド』(講談社)などの影響もあり、美術や西洋絵画のような分野に興味をもつ人も増えているかもしれない。
いっけん、難しそうで楽しむまでのハードルが高そうなものも、優れた解説者や自分に合った解説本に出会えると、ぐっと面白みが感じられるようになることも多い。
2022年10月26日に発売された『みるみるわかる「西洋絵画の見方」』(小学館)は、伝統的な西洋絵画(古典絵画)の規則や枠組みのエッセンスをわかりやすくかつ面白く解説した1冊。
美術史研究者である著者の壺屋めりさん自身によるイラストと、美麗な作品図版をまじえながらのツボをおさえた説明で、展覧会などで目を引く気になる作品を楽しく鑑賞できるようになっていく、実践的な入門書だ。
ここでは、第1章「注文する――絵画の機能とその背景」と第4章「鑑賞する――絵画の受容とジャンル」から、有名な絵画作品の楽しみ方や意外な見どころを紹介したい。
まず、以下の作品は多くの人が1度は目にしたことがあるだろう。
フェルメールの代表作の1つ、「真珠の耳飾りの少女」である。美女の肖像画のようであるこの作品は、いったい誰をモデルにしているかご存じだろうか。
実は、これは「トローニー」と呼ばれる、モデルがいない肖像画の1ジャンルといわれている。17世紀に誕生したもので、特定の人物を描いているのではなく、ある人物の類型・タイプを描く試みをこう呼ぶそうだ。
たとえば、農民、老婆など、ある特定の属性をもつ人の顔を想像して描いた肖像はトローニーなのだ。本書によると、「真珠の耳飾りの少女」は特定の誰かではなく、ただ「若い娘」を描いているのである。
次は、ある特定の絵画をモデルに描かれた作品たち......「優れた模倣」やオマージュについて考えてみたい。
たとえば、こちらの2つの作品。左は、ラファエロの「教皇レオ10世と枢機卿たち」。右は、16世紀の画家、アンドレア・デル・サルトによる模写だ。
本書では、この2つの絵画にまつわる有名なエピソードが紹介されている。
ラファエロによるオリジナルを所有していたオッタヴィアーノ・デ・メディチは、教皇クレメンス7世の依頼で、その絵をマントヴァ候に献上しなければいけなくなってしまった。しかし、手放したくなかったオッタヴィアーノは、オリジナルそっくりの絵をアンドレア・デル・サルトに描かせる。さらに、なんとその絵をラファエロ作だとしてマントヴァに送ったのだ!
すぐにバレてしまったのではと思うが、アンドレアの模写は、ラファエロの共同制作者だったジュリア・ロマーノの目も騙し、感嘆させたという話が伝わっている。
「このように、優れた模倣はその模倣の技術ゆえに称賛を受けることも少なからずあった」
「17世紀の著述家フィリッポ・バルディヌッチは、模倣作はオリジナルの画家の技術と模倣した画家の技術の両方が込められているので、オリジナルよりも価値が高いと書いている。複製を擁護しようとする興味深い試みだ」
模写のほうにより価値があるというのは、コピー機がなかった時代ならではの考え方かもしれない。
一方で、模写とは異なり、オリジナルへのリスペクトから一部のモチーフや構図を引用する、「オマージュ」が見られる作品もある。
たとえば、17世紀の画家、ベラスケスの作品「ラス・イランデーラス」の中央に描かれている部分。ここには、16世紀の画家、ティツィアーノの作品「エウロペの略奪」が引用されている。
「ラス・イランデーラス」の主題は、ギリシャ神話のアラクネの物語だと考えられているそうだが、これは織物の名手・アラクネが技芸の女神・アテナに挑む話。
「技芸対決の主題で自作の背景にティツィアーノ作品を描き込むことで、ベラスケスは前世紀の巨匠に挑戦状をたたきつけているのだともいえるだろう」
このように、16世紀のヴェネツィア絵画は、17世紀の多くの画家にとっての重要な参照項になっているそうだ。美術館や展覧会などに足を運んだ際、その絵に引用されている作品やオマージュのもととなった作品は何かという視点で見てみると、また新たな楽しみ方ができるのでは。
本書を読み進めていくと、西洋絵画の規則や枠組みへの理解を深めながら、当時の人びとがどのように作品を見て評価していたのか知ることができる。その上で自分の感性にしたがって鑑賞するというような、「ひと口で2度おいしい」鑑賞ができるようになりそうだ。
本書の目次は、以下の通り。
はじめに――ルネサンス・バロック絵画を読み解くために
第1章 注文する――絵画の機能とその背景
第2章 制作する――絵画の技法とその理論
第3章 体系化する――絵画の歴史と批評の誕生
第4章 鑑賞する――絵画の受容とジャンル
おわりに――ひと口で2度おいしい鑑賞へ
あとがき――「西洋絵画:中級編」を目指して
■壺屋めりさんプロフィール
美術史研究者。1988年生まれ。2011年ニューヨーク大学教養学部美術史学科卒業。2016年京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。2018年博士号取得(人間・環境学)。現在、東京大学経済学研究科特任研究員。本名・古川萌(ふるかわ もえ)。著書に『ルネサンスの世渡り術』(芸術新聞社)、『ジョルジョ・ヴァザーリと美術家の顕彰 16世紀後半フィレンツェにおける記憶のパトロネージ』(古川萌、中央公論新社)。西洋絵画の専門知識を分かりやすく伝えるイラストが、ツイッター (@cari_meli)やWebメディア、展覧会の解説パンフレットで人気を博している。
(文 犬飼あゆむ/ライター)
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