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赤ちゃんが一番かわいく見えるのは、何ヶ月?

「かわいい」のちから

 日本人が日常的に慣れ親しみ、いまや世界でも注目されている言葉、「かわいい」。子どもや動物、キャラクターなど、「かわいい」ものは世の中にあふれているが、「かわいい」とはいったい何なのだろう? 私たちは何にどう「かわいい」と思っているのか、考えたことがあるだろうか。

 「かわいい」を論じた2冊の本がある。実験心理学者の入戸野宏さんによる『「かわいい」のちから 実験で探るその心理』(化学同人)と、比較文学者の四方田犬彦さんによる『「かわいい」論』(筑摩書房)だ。前者は科学的な視点から、後者は人文学的な視点から「かわいい」を読み解こうと試みている。この2冊を通して、「かわいい」の正体を探ってみよう。

入戸野宏『「かわいい」のちから 実験で探るその心理』(化学同人)
入戸野宏『「かわいい」のちから 実験で探るその心理』(化学同人)
四方田犬彦『「かわいい」論』(筑摩書房)
四方田犬彦『「かわいい」論』(筑摩書房)

「かわいい」の語源とは

 まず、私たちが当たり前に使っている「かわいい」という言葉のルーツは何なのだろうか。その源流は、『「かわいい」のちから』と『「かわいい」論』いずれの中でも解説されている。

 「可愛い」は後代の当て字だ。「かわいい」をさかのぼると古語の「かはゆし」、さらにさかのぼると「かほはゆし」に行き当たる。「かほはゆし」は漢字で書くなら「顔映ゆし」。顔が赤くほてる(映える)ことで、「(顔が赤くなるほど)恥ずかしい」の意味だった。それが「(見ていて恥ずかしくなるほど)かわいそう」の意味になり、「(かわいそうで)いとおしい」というように、現在の意味になった。

 古語で現在の「かわいい」の意味があったのは「うつくし」だ。清少納言の『枕草子』に、有名な一節がある。

うつくしきもの 瓜にかきたるちごの顔。雀の子のねず鳴きするにをどり来る。

(かわいいもの。瓜に描いた子どもの顔。雀の子が、(人が)ねずみの鳴きまねをするとぴょんぴょんとこちらにやって来るところ。)(記者訳)

 『「かわいい」のちから』によると、『枕草子』の「うつくしきもの」の段で挙げられている16の「うつくしき」物事のうち、10は子どもや小動物の具体的なしぐさやふるまいで、静物は6つだけだ。子どもや小動物をかわいいと思う感性は、平安時代から変わっていないらしい。

「かわいい」=「幼い」?

 では、「かわいい」というのは子どもや小動物など「幼いもの」に対する感情なのだろうか。『「かわいい」のちから』では、目が大きい・顎が小さい・おでこが大きいなど赤ちゃんらしい特徴を「かわいい」と感じる「ベビースキーマ」という概念が紹介されている。直感的にもわかりやすい説だ。

 しかし「ベビー」と言っても、必ずしも幼いものがかわいいとは限らないようだ。赤ちゃんの外見のかわいさを判断してもらう実験では、いずれの実験でも新生児の評価は低くなる。たしかに新生児はまだ肉づきが薄いせいもあり、「かわいい赤ちゃん」らしい外見には当てはまらなさそうだ。もっともかわいいとされる赤ちゃんの時期は実験によってばらつきがあるが、1歳直前説と6ヶ月説があるそうだ。

 また、「目が大きい・顎が小さい・おでこが大きい」などのベビースキーマの特徴を満たしていても、あまりにも目が大きすぎる、おでこが大きすぎる造形はかわいいとは思われない。「かわいい」とは単に「幼い」だけでは説明しきれない、絶妙なポイントがありそうだ。

 『「かわいい」のちから』では、入戸野さん自身の実験で、「かわいい」とは「近づきたい」という気持ちではないかと導き出している。かわいいと感じるものを「ベビースキーマ(赤ちゃん、小動物など)」「ヒト(笑顔、自分を慕ってくる人など)」「モノ(花、お菓子など)」「独自(自分にとってはかわいいが多くの人には理解してもらえないもの)」の4つに分け、それぞれについて「幼い」「保護したい」「近づきたい」など6つの項目の程度を評価してもらったところ、「幼い」「保護したい」の得点は「モノ」や「独自」では低かったものの、「近づきたい」は4つ全てのカテゴリーで高得点だったのだ。「かわいい」の研究はまだまだ途上だが、「近づきたい」は一つの有力なヒントなのかもしれない。

ミニチュアはなぜかわいいのか

 一方で、四方田さんの『「かわいい」論』ではまた違った「かわいい」の考察がなされている。四方田さんが着目しているのはミニュアチュール(ミニチュア)だ。ドールハウスやジオラマに心が躍った経験は誰しもあるだろう。『枕草子』の「うつくしきもの」でも雛人形の調度品が挙げられ、「なにもなにも、ちひさきものはみなうつくし(何であっても、小さいものはみんなかわいい)」とまで書かれている。

 ミニチュアは実物とそっくりだから独創性はなく、しかも実用性もない。それなのになぜ、人はミニチュアが大好きなのだろうか。四方田さんはこう分析している。

ミニュアチュールにとって重要なことは、それが起源となる物体を模倣しながらも、その本体が属している現実世界から完全に遮断され、外部と内部の境界を厳密に維持していることである。この隔離が前提となってこそ、それを手にする者は、現実とは別の秩序をもつミニュアチュールの空間に遊び、我を忘れることができる。

 ミニチュアは現実の似姿でありながら、現実とは切り離された別世界だ。ミニチュア愛は、その別世界への憧れなのではないか......そう四方田さんは論じている。

 誰にとってもとても身近な「かわいい」という感情。すぐ「かわいい、かわいい」と口に出してしまうからこそ、「何がかわいいのか」「どうかわいいのか」という分析は見過ごされがちだ。あなたはどんな人・ものを「かわいい」と思っているだろうか? 何かに「かわいい!」と思ったとき、一度立ち止まってその「かわいさ」をよく考えてみるのはいかがだろう。





 


  • 書名 「かわいい」のちから
  • サブタイトル実験で探るその心理
  • 監修・編集・著者名入戸野 宏 著
  • 出版社名化学同人
  • 出版年月日2019年6月 1日
  • 定価2,090円(税込)
  • 判型・ページ数B6判・248ページ
  • ISBN9784759816815

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